永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

ほどほどの教訓 箴言25:16

『25:16 蜜を見つけたら、必要なだけ食べよ。食べ過ぎて吐き出すことのないように。 箴言25:16新改訳2017』

「いい加減にしなさい!」などと言われた人は多いと思います。

これは、保護者が子どもに語りかけるフレーズです。

冒頭の聖句は、これを戒める箴言です。

身の丈をわきまえない時代は、誰にでもあります。

成長期は、まさに伸び盛りですから、周囲が驚くほど食べて、大きくなっていくのです。

しかし、そんな時でも、自分の容量をオーバーすれば、支障をきたします。

その様な時に、「いい加減にしなさい」とか、「ほどほどに」ということを学ぶのです。

「蜜」は、貴重な栄養源とされてきました。

また、貴重なものなので、常用するなどはできなかったことが想像できます。

ですから、それを見つけたときには、ついつい、食べすぎてしまうのでしょう。

自分自身の満腹感が麻痺するほどの飢餓状態もあることでしょう。

でも、その様な時には、身体の正常化を促す機能が働くものです。

人間の身体は不思議で、自分の身体に不要なもの、あるいは、過度なものを排泄するようにできているようです。

一時期に、大量摂取しても、それは、上からか下からか、どちらかで調整されます。

「食べ過ぎて吐き出す」とあるのは、上からの調整のことですね。

この箴言は、口から入れるものに限定されないと考えています。

自分の身の丈を思い知る事の大切さをイメージします。

これは、我力の限界をすることも含まれるのではないでしょうか。

腹八分目が良いと言われますが、それは、自分の所有も、欲望も、自分にとっての「良い加減」を知ることの大切さだと考えています。

本の少しずつの背伸びは、自分の可能性を伸ばす効果があると思います。

でも、無茶苦茶な、あるいは、無謀な領域に闇雲にチャレンジすることは、かなり要検討というイメージでしょうか?

人生、命をかけて、チャレンジするのも一つの選択で、それを否定するつもりもありません。それには、大きな情熱と周到な準備も大切ですね。

でも、一人の人間としての「良い加減」を噛みしめて生きたいと、私は考えています。