永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

動画 ハーリー(Hurry)ネズミ一家のお引っ越し


Mother Hedgehog Makes Sure Babies Follow Her || ViralHog

どうやら、ハリネズミご一家のお引っ越しのようです。

どこの国かは分かりませんが、お母さんと子ども達ですね。

ハリネズミが威嚇のために針を逆立てるのは、余程、命の危険が伴うときですから、普段は、まあるい背中なのですね。

経験が豊富な母ハリネズミは、できるだけはやく移動してしまいたいのですが、無邪気な子ハリネズミは、マイペースです。

見ている方が、「早く行かないと危ないよ」と声をかけたくなってしまいます。

やきもきしている母ハリネズミは、戻ってきて、後ろから子ハリネズミをせかしてプレッシャーをかけています。

まるで「ハーリーアップ!(もっと急いで!!!)」と叫んでいるみたいですね。

何とか無事に移動できたようで良かったですね。

このようなお引っ越しは、カルガモが目撃されることが多いですね。

人間の弱さを感じる所 高村光太郎

『私は老人の首すじの皺を見るときほど深い人情に動かされる事はない。何という人間の弱さ、寂しさを語るものかと思う。 高村光太郎

人間の五感は、常に様々な対象を観察し続けています。

特に、いつも接している人の変化よりも、たまに、合う人の変化を敏感に感じる傾向があります。

日常の緩やかな変化では、分からない部分がありますからね。

高村光太郎は、「首すじの皺」を観察していたようです。

その部位から、加齢変化を見ることになると、人情が動かされると言っています。

顔などは、メイクをしていれば分かりませんし、しげしげと見るのも失礼ですからナカナカ分からない部分がありますね。

でも、違う角度から、ふと見えてしまうときがあります。その様なときに、「この人もお年なのだなあ。」と感じてしまいます。

一度、感じてしまうと、それまでの対等な関係性が一変してしまいます。

若輩者が、どのように労ろうかと考えていくのですね。

また、首すじの他に、後ろ姿(背中)を見るときにも、加齢変化を感じるときがありますね。

いくら若くても、やがて、自分も老いの方向に進んでいくのですから、加齢変化の中でも、より良い関わりを模索していきたいですね。

ノックし続けることの大切さ 冷静にタイミング良く

「雨だれ岩をも穿つ」が信条だという人がいました。

「繰り返し根気よくアプローチすることで人生の活路を切り開いてきた」とおっしゃっていました。

でも、相手から「No」のサインが出ているのに、自分の思いを遂げるために繰り返しアプローチするのは単なるストーカー行為になりますので、相手の気持ちを考えて行動を選択したいですね。

単に「しつこい」と相手に不快感が残るアプローチもマイナスでしかありません。焦りからか「悪名は無名に勝る」なんて、炎上商法的な人が増えてきたような印象もあります。

お付き合いをする相手はそれぞれの自由意志で選べるという範囲のお話しをしたいと思います。

相手との距離感のはかり方には。工夫が必要のようです。

魅力的な人には、特に、間を置いて、より良い関係を築いていく方が、長続きできそうな印象もあります。

筆者は、多くの場合、雑談から、相手が何に興味があり、どのような情報を求めているのか?というあたりを感じるようにしています。

好きな食べ物や興味がある対象が似ているなら、その情報を共有し、自分には興味がなく情報もない時には、相手に教えてもらい、その魅力を理解しようと努力します。

でも、お話しをしてくれるタイプの人ばかりではないので、コチラから、質問攻めというのも良好な関係が築きにくいものですから、あいさつからはじめて、短い時間のやり取りをすること、それから、相手が興味がありそうなことを推察しながら探る努力をします。

その対象に行き当たれば、適切なキーワードが出せれば、それまで無口だった人が、饒舌に話をし始めたりするのです。

良好な関わりをつくるのも必ずしも上手くいくとは限りませんし、維持するのはお互いの努力が必要です。

根気よく、適度に気を遣いながら、「ノック」をするくらいの距離感で、良好な関係を維持したいと考えています。

自己救出法 箴言6:4-5

『あなたの目を眠らせず、そのまぶたにまどろみを与えるな。自分を救い出せ。かもしかが狩人の手から逃れるように、鳥がそれを捕る者の手から逃れるように。(箴言6:4-5新改訳2017)』

ここでは、人間をカモシカや鳥になぞらえています。

この世界は、弱肉強食で、弱者を狙う狩人(詐欺師など)が、虎視眈々とターゲットを狙っています。

特殊サギという言葉が一般化してきました。それほど、多いのですね。

そういう人たちは、絶えずカモシカならぬカモを狙っています。

それらも含めて、孤独や不安や挫折に深く悩み溺れるほどですね。

私も人間ですから、少なからず共感する部分はあります。

そのどうしようもない不安からの出口を求めている人が多いのですね。

そして「自分を救い出せ」とも記されています。

一時の快楽を求めて、酒や異性やギャンブル、趣味・道楽にも寂しさを紛らわすことも選択肢としてはありますが、そうそう続くものではありません。また、命懸けで事業に打ち込む人もいますね。

やり過ぎると泥沼にハマって身動きが取れなくなることも出てくることでしょう。

ここで、示唆されているのは、「最初の人間アダムが外れてしまった創造主である神との繋がりを取り戻すことから再スタートできる」という事なのです。

人間にとって、自己救出は不可能ですから、「メシアであるイエス・キリストによる方法を受け入れることによってのみ、再スタート地点に立つことができる」のですね。

人間の仕事 トルストイ

『人間の仕事は、ただ自分の秩序を乱さないことにある。それはちょうど、斧がいつも磨かれていてピカピカ光っていなければならないのと同じことである。 トルストイ

自分の秩序とは、日常の良い習慣ではにかと考えています。

それには、自分の考え方、それによって作られているものさしの修正、自分を守り他人を傷つけないマインドの充実など、毎日の生活の中で、自ら育む要素ではないでしょうか?

また、健康を維持管理すること、適度な栄養と運動や睡眠なども大切ですね。

トルストイの時代は、特に、斧は生活に不可欠なアイテムだったのでしょうね。

このメンテナンスを疎かにすると、生活に支障をきたすことがあったのだろうと想像できます。

自分自身のメンテナンスをする良い習慣こそ、人間の本文である仕事なのかも知れませんね。

自分のコトを第一に考えてから、少しずつ範囲を広げていくことが順番としては大切ですね。

この積み重ねができてこそ、いざというときに、自分のコトを置いておいてでも、その時に一番大切なことに集中できるということにつながりますね。

幸せに生きるためのチカラ1 「共感力」 子どもの力02

「良かったね」とか「残念だったね」などと、自分にとってではなく、相手にとってどうであったかに焦点を合わせて、共感することができる能力を「共感力」と言います。

この「心の焦点」をどこに合わせるかによって、周囲との関わりが大きく変化していきます。

別の言葉で言うと「誰かのことを自分のように喜んだり悲しんだりすることができるチカラ」です。

共に喜んで、共に悲しむということを適度な距離感でできると、TPOに合わせて相手に寄り添うことが可能になりますね。

でも、相手が求めていないのにしてしまうと鬱陶しがられますから注意が必要ですね。

子どもや職場の後輩を育てる場所では、このチカラを共有するのが第一歩かも知れません。

見守る側(トレーニングする側)は、結果の良否にかかわらずに、とにかく「ほめられる点」を見つけて、ほめることが大切ですね。

思ったよりも取り組んだことが難しくヘコんでいても、取り組んだ動機や努力をした過程をほめることはできるのですね。

また、どういう結果を目指したかったのか?や、今度はどのようにしたいなども、相手の意志をくみ出して共感できれば、次へのエネルギーにつながりますね。

この「共感力」は、奥が深いですね。まさに、「共育」ですね。

参考文献 「子どものチカラを信じましょう 高橋孝雄 著」

人にはわからないが神の計画は進展している  2ペテロ3:8-13

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。(2ペテロ3:8-13新共同訳)』

御利益信仰であれば、「自分の想いが自分の願うタイミングで実現する」とか「ほうきにまたがれば空を飛べる魔力」というようなイメージが分かりやすいですね。

創造主である神が示している信仰は少し違います。でも、聖書に記されている人たちの信仰も御利益型の人がいます。

これは、人間の時間感覚と創造主である神の時間感覚が著しく違うからですね。

自分が囚われの身だと考えれば、少しでも早く解放して欲しいと思うのは当然です。そのような立場の人にとっては、「神様は遅い、何をグズグズしているんだろう。」などとイライラしてしまいますね。

創造主である神の側は「そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。」と記してあるように、一人でも多くの人が気づいて、永遠の生命を受け取れるように、忍耐をして待っていると言うことなのです。

信仰を持つようになった人々のお話を聞いてみると、様々な体験を通じて、創造主である神を信じようと思ったと言います。

でも、肉体的生命に生かされている間は、魔力があるわけでもなく、秘密のトンネルがあるわけでもない日常を送っているのですね。

信仰者のスタンスは「義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。」ということなのですね。

ただ、信仰というフィルターを通じて見る世界は、さらに不思議に満ちていますよ。