『26:17 自分に関係のない争いにいきり立つ者は、通りすがりの犬の耳をつかむ者のようだ。 箴言26:17新改訳2017』
人間は、自立した存在です。
そして、年齢の差があっても、基本的に対等であることが理想です。
でも、養育やサポートを必要とする局面では、その関係性が変わります。
そもそも、人と人の間には、自他境界線(バウンダリー)があるのです。
時には、それを踏み越えてしまうこともあります。
それに対する警告が、この箴言なのです。
懐いてもいない通りすがりの犬に触ろうとしたら、噛みつかれるか? 引っ掻かれるかを覚悟しなければなりません。
自分なりの正義や倫理観というものは、大切ですし、理性的にいるために必要な要素です。
正義感が強いと言うと聞こえはよいですが、自分の考えと違うことに怒り狂う人もいますから、これは、あまり褒められたことではありません。
自分の分をわきまえずに、なりふり構わずあらゆる所に、首を突っ込んだり、手や足を出したりする人もいます。
その結果は、上手く行くとは思えませんよね。
そもそも、感情的になり、理性を欠いている時点で、方向性が出ているのです。
これは、自分自身の感情よりも、忍耐力が必要かも知れません。
自分のマインドの整理をする事を最優先した方が良さそうです。
それは、自分の範囲の確認です。
また、「今ココ」への意識の確認です。
これをベースに、今起きている関心事について、自分ができること、しなくてもよいことの整理をしていくのです。
辻褄が合わない行動は、エネルギーを無駄に消費します。
また、人間関係も、悪くしてしまいます。
ヘタをすると、通りがかりの犬に噛みつかれるよりも、飼い犬にそっぽ向かれる可能性さえあります。
自分をわきまえて、いざという時に、誰かに貢献できるように考えていきたいですよね。