永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

あるはずのモノがない win10アップデート

win10は、頻繁にアップデートを繰り返しています。

筆者は、それほどのトラブルもなく使えているので有難いです。

しかし、

マイクロソフトは一部ユーザーからの報告を受けて、Windows 10の大型アップデート「October 2018 Update」(バージョン1809)配信を一時停止したことを発表しました。
発表によれば「アップデート後に一部ファイルが消失した」というユーザー報告を調査するためとのこと。すでにマイクロソフトの公式フォーラムなど様々なコミュニティで「ドキュメントフォルダ内のファイルが勝手に削除された」といった苦情が相次いでいました。
http://news.livedoor.com/article/detail/15415196/

このような事態になることもありますから、それを考えるとアップデートするときには、ハラハラドキドキもあります。

ないはずのモノがあるのなら、「ラッキー」と感じる人もいれば、その扱いに「困惑」する人もいるでしょう。

でも、あるはずのモノがない場合は、ほとんどの人が「唖然とする」でしょうね。

あるはずのモノと言えば、ケースによっては「信頼関係」であったり、「家族」であったり、「冷蔵庫にコッソリ確保しておいたスイーツ」であったり「お金」であったりするのですが。

あるはずのモノを自分なりにランキング形式にして整理整頓しておくのも良いかもしれないと考えています。

自分自身で「あるはず」と考えているモノが違う可能性もありますからね。

モノ・コトが自分と融合していくとき

アルキメデスは、何かひらめいたときに「エウレカ」と叫んだそうです。

「あ、わかった!」という意味のようです。

アルキメデスでなくても、人の一生は「あっ、分かったかも」の連続なのかも知れませんね。

他人から説明されても、理解しがたいモノもあれば、その説明が合理的だと感じることもあります。

どれだけ恩がある人から説得されても、受け容れがたいことはありますからね。

多くの場合、理解を得るために、説明はできても、説得は難しいですから、大切な要素として、自分自身で納得できるかどうかという段階があります。

そして、納得したコトと自分が融合できるかどうかという要素もあります。

納得できたコトを体験して、会得し、体得していくは自分自身の人生にとっての大きな醍醐味なのではないでしょうか。

「合点がいく」というのは、納得を通じて出会ったモノコトと合わさる点ということのように感じています。

避けたいと思っている所に引き寄せられる不思議

「ちょうちょが羽根を焦がすように炎に近づく」などと表現されますね。

炎のゆらゆら揺れる光に近づいていく蝶蝶、近づきすぎていつの間にか、そのステキな羽根を焦がしてしまう様子ですね。

これは、魅力がある怪しげな男性に惹かれていく女性の様子を形容したりする表現ですね。

人と人は不思議なモノです。

人の「心」は難解なのですね。

無意識であれば、気づかないので避けて通ることもできるのです。

でも、これだけは避けて通りたいと強く思っているとかえって意識が強くなりすぎて、離れるどころか、近づいていってしまうこともありますよね。

「視覚吸引現象」というものもあります。

でも、ここで見られる現象は「心の視覚吸引現象」なのかも知れませんね。

このメカニズムが自分自身で客観視できると良いのですが、俯瞰視できるゆとりがないとループしてしまう傾向が強い現象ですね。

周囲からの指摘は、火に油を注ぐ傾向も強いですから、当人が気づくのを待つのも一つの方法でしょうね。

一生の健康のために必要なこと

 多くの人は、抱っこされて育ってきたはずなのです。しかし、その記憶がある人は稀なのではないでしょうか?筆者も記憶にございません。

 赤ちゃんが母親などに抱っこされている姿を見て想像してそんな時期もあったのだろうなと考えるのですね。

 でも、それは、肉体の元となるDNAに刻み込まれているそうです。その影響は「その人の健康を一生左右する」可能性もあるというのです。

 赤ちゃんは「抱っこ」など肉体的接触を数多くされるほど「DNAが良い方向に変貌する」ことをカナダの研究者たちが突き止めたとのことです。。

「衝撃的な体験はトラウマになる」と言われますが、赤ちゃんと養育者との「良好な肉体的接触」は、その逆に良くなる要素だということなのですね。

 このように肉体的生命を授かって生まれ出た時に、良好な肉体的接触に恵まれることは、その後の人生でも、良好な関わりが持てる要素につながるようにも感じます。

 人生には、山あり谷ありですから、必ずしも良好な関わりだけ持てないのですが、幼少期の「抱っこ」が、それらをも乗りこえられるパワーの愛の源になるのでしょうね。

参照記事

https://indeep.jp/holding-infants-can-affect-their-genes-eternally/
https://www.sciencedaily.com/releases/2017/11/171127094928.htm

時代が変わったのでしょうか?

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昔から知られているスタイルの牧羊犬は、追いかけるのが当たり前でした。

斬新なのは、牧羊犬のサイズが小さくなったことです。

それからは真逆の追われる立場になっているようですね。

それでも、羊の習性が手伝ってか?役割は果たしているようですね。

羊は、群れをなすのですが、のんびりしているときは、かなり自由に過ごしているようですね。

動画の時代になったからでしょうか?

かなり、動物の生態がインターネット上で見られるので驚きもあり、納得もあり、楽しめますね。

本当の敗者復活

『イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。(ヨハネ11:25新改訳2017)』

「敗者復活」という言葉をスポーツの試合などで耳にします。

トーナメントなどで、一度は試合に負けて、勝ち上がれなかったチーム同士が、何らかの基準で、再チャンスを与えられるということですね。

敗者というのは、その競技会では、「死者」を意味します。

それで、再びチャンスがめぐってくれば、「敗者復活」となるのですね。

人は、オギャーと生まれてから、肉体的生命に生かされていますが、いつの日にか、この肉体を脱ぐ日が来ます。

その時をもって、「死」が確定します。

しかし、「わたしを信じる者は死んでも生きる」と記されています。

これこそ、イエス・キリストをメシアと信仰する人に約束された「永遠の生命」なのですね。

人間の中には、多くの人が肉体的生命の終わりがすべての終わりだと考える人が多く居ます。

メシアであるイエス・キリストは、十字架に架かり、葬られ、三日目に復活したのですから、その前に「わたしはよみがえりです。いのちです。」と宣言していたのです。

この信仰に立てば、信じたその瞬間から永遠の生命に生きることになり、肉体的生命の終わりは、永遠への扉が開かれるという通過点に過ぎなくなるのです。

荷物がどのように扱われたかわかるツール

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「大切な荷物が届いたと思ったら箱がビリビリで」なんてこと困りますよね。

このツールなら、その荷物がどのように扱われていたのかが、わかるようになっているようです。

「小細工をすれば、不正ができそうだ」との指摘もあるようなので、箱の中にコッソリ仕込むなどの工夫が必要かも知れませんね。

監視カメラ社会になってきていますので、なるべく疑われるような行動はしないことが賢明ですね。

荷物に貼るシールでも、「上積み厳禁」ばかりだったら、平積みすることになり効率が悪くなりますからね。

一昔前に比較すると、梱包技術が格段に向上していますから、かなりの衝撃までは耐えられるのでしょうか?

それであっても、受け取る側の気持ちは、できるだけ丁寧に取り扱って欲しいですね。