永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

エピクロスのことば 「死について」

エピクロスの言葉】(エピクロスの教説と手紙…岩波書店
古代ギリシャの哲学者・エピクロスの「私が存在する時には、死は存在せず、死が存在する時には、私はもはや存在しない」という言葉を知った時、私は長年悩まされてきた死の恐怖から解放されたのである。

つまり、私が存在するか、死が存在するかの二者択一なのですね。

そのように、割り切って考えられればスッキリするのですね。

「死」は、死後の世界を含めて未体験ゾーンですね。

「あの世とは、いいところらしい。逝ったっきり誰も帰って来ない。」(「父をおくる…幻戯書房高山文彦著)

と言った人もいたそうですね。

もう一つは、死に方は、千差万別ですし、選べないものだからなのかも知れません。

さらに、人を支配しようとする勢力は、一人一人が創造主から授かったいのちを奪うと脅迫して、絶対服従させようとしたりします。

キリストの教えでは

『そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。(ヘブル2:14-15【新改訳2017】)』

と記されています。

これを自分自身に適用すれば、死の恐怖からは解放され、自由の身となります。

それは、永遠の幸福に至る権利もついているのですから、その瞬間から永遠の生命に生きることになるのですね。

信仰と柔軟性

信仰は、堅くあるものというイメージがありますね。

でも、信仰は毎日毎日、瞬間瞬間で変化しているものだと考えています。

人間には、信念というものがあり、何を神とするかではなくても、なんとなくでも自分が信じられるものが信仰なのでしょうね。

あるいは、何も信じられないという不信も信仰なのだと理解しています。

無関心といっても、関心があるかないかですね。

同じように無思想といっても、無思想という思想なのかも知れませんね。無思想というキャンバスは、説得力のある思想に染まりやすいので注意は必要ですね。

筆者の場合は、「創造主である神=三位一体(父・子・聖霊)が、イエス・キリストを唯一のメシアとして十字架上で、全人類の罪科を贖ったこと」を信じています。

信じているつもりでいても、自分の思惑と違う現実に不信になる時も出てきますね。

信仰は一日一日、瞬間瞬間で変化する生きもののようですね。

神が近く感じられる瞬間があれば、確信の方向に信仰が深められることもありますよね。

信仰は、確信と不信の間をウロウロしますから、確信を得られた時には、柔軟に路線変更をすることも必要なのですね。

確信と柔軟性は相反するようですが、大切な要素だと実感しております。

けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分がだれから学んだかを知っており、また、自分が幼いころから聖書に親しんできたことも知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです。Ⅱテモ3:14-17【新改訳2017】』

 

三ヶ月で約19キロの減量をした男性

youtu.be

減量プログラムで有名になったある会社では、とてもインパクトがあるビフォーアフターで宣伝をしています。

体重の減量に成功できる人と出来ない人とがあるようですね。

この動画の男性は91.6kgを72.6kgに約19kgの減量に成功できたようですね。

なおかつ、シックスパックの筋肉まで手に入れています。

この動画を見て思うことは、「人間は、決断した時から変われる可能性がある。」ということですね。

また、「決断した方向性への継続こそ一番大切」なのですね。

「自分なんかムリ」という範囲で生きるのも悪くはないですが、「自分に出来そうなこと」に一歩踏み出すのも、この動画のような変化をもたらしてくれるための決断なのですね。

健康の秘訣は「小食」「菜食」「筋トレ」らしいですからね。

「より健康な生活をしよう!」と決断するのも良い方向性なのかも知れませんね。

クリティカルシンキング

クリティカルシンキングとは、あらゆる物事の問題を特定して、適切に分析することによって最適解に辿り着くための思考方法である。

批判的思考 - Wikipedia

 

また、日本表記では、批判的思考とも言われている。

さらに、批判という定義にも幅がある。

平たく言うと、「何が大切か、何が大切ではないかを見極める能力」ということのようですね。

重要度の選別ということなのでしょうね。

「問いをたて」て、「問題を定義」し、「根拠を検討」し、「バイアスや前提を分析」し、「感情的な推論を避け」て、「過度の単純化をぜず」に、「他の解釈を考慮」して、「不確実さに耐える」という流れが一例としてあげられています。

時としては、物事をじっくり観察しなおすことが大切ということなのでしょうね。

大イスラエル計画

『その日、【主】はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヒッタイト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の地を。」(創15:18-21【新改訳2017】)』

創造主である神は、アブラハム(アブラムは後にアブラハムに改名)に対して、土地の約束をした。

ナイル川からユーフラテス川までの間の土地を約束の土地としたのです。

これは、今日まで実現していないのですね。

これを、人間の手で実現しようとしている勢力は「大イスラエル計画」と呼んでいるようです。

これを実現するために、多くの争いが起きているという一面はありますね。

パレスチナの人たちの移住先をエジプトに用意したりという穏健な話もありますが、強硬な路線では、犠牲者が多く出てしまいますね。

イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転したのは、ややフライングだったのではないかと書きました。

聖地がその場所でなければならない理由が、各勢力にはありますので、そう簡単に解決するテーマではないことは明白ですね。

筆者は、それほど遠くない将来に、創造主である神のタイミングと方法でのみ実現されると考えています。

それまでは、多くの小競り合いが続くのでしょうね。

天使か悪魔か 針金アート

f:id:dblacks:20180601140522p:plainvideo.tv-tokyo.co.jp/tvchamp/episode/00064838.htmlよりスクリーンショット

ワイヤーアートという分野があり、いわゆる針金で立体を造形していくのですね。

世の中のものには、「光と影」があるといわれます。

レンブラントは、その光と影を巧みに絵画で表現して評価されています。

画像にあるワイヤーアートは、 「Mr.変幻自在 武藤裕志 (50)」の手によるもので、奥深い作品のように感じました。

針金でつくられた立体人形なのですが、見る角度によって、天使に見えたり、悪魔に見えたりします。

どちらに魅力を感じるか?

時と場合によるのかも知れませんね。

そういう意味では、人生の中で、問いかけられているのでしょうね。

今日は、どちらにしますか? なんてね。

参照サイト
http://www.bs-j.co.jp/tvchamp/backnumber/index.html?trgt=20180520

自制心・集中力・行動力

人間の身体には免疫力や防衛本能が備わっています。

そして、心には良心や脳には理性というものもあります。

ただ、このバランスをとるのが難しいのですね。

タイトルでは、自制心・集中力・行動力を列挙しました。

行動力と自制心は、綱引きのような要素もありますね。

行動力と集中力が大いに発揮された時に暴走してしまうこともありますから、自制心の出番になったりするのですね。

やる気(モチベーション)と自制心も綱引きですね。

やる理由を探すか? やらない(やめておく)理由を探すか? ですからね。

自分自身の中に、色々な要素があって、綱引きや会議をしながら決定しているので、複数人が集まると、決定が難しくなるのでしょうね。

自分なりの「よりベター」な判断ができるようになりたいものですね。

「だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。(Ⅱペテ1:5-7【新改訳2017】)」