永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

見て美味しく、食べても美味しく

食べ物の役割は、栄養を満たすことですね。でも、ただ、カロリーを口に投入するだけでは、あまりにも味気ないですね。

懐石料理とまでもいかなくても、ある程度、見ても美味しそうなものを食卓で味わいたいですね。

『女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。(創世記3:6新共同訳)』

以前から、このフレーズが気になっています。

「いかにもおいしそう」と記されているので、どのような見た目だったのかとか? その味はどうだったのだろう? などと考えています。

エデンの園で唯一の禁止事項は、「この樹の実だけは食べてはいけない」でしたから、食べても良い、美味しい実は多くあったのでしょうね。それでも、この樹の実を食べたくなったのは、巧みなサタンの誘惑も大きい要素でしょうね。

一つの禁止は、かえって気になってしまうモノなのかも知れませんね。

現代社会の誘惑は、「脂肪分+塩分」あるいは、「脂肪分+糖分」のコンビですから、腹八分目と適度なカロリーを心がけたいですね。

立ち直ったら… ルカ22:32

『しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。(ルカ22:32新共同訳)』

信仰者は、緊急避難的に信仰を忘れたり、忘れたふりをすることがあります。

イエス・キリストは、行動を共にしていた弟子に、そのような兆候があることを分かっていて、それを包み込むように、このフレーズを言ったのですね。

「信仰が無くならないように祈った。」というのは、イエス・キリストが伝える近未来と弟子がイメージする近未来のギャップがあまりにも大きいので、弟子がガッカリして自暴自棄にならないような配慮を感じます。

このギャップとは、イエス・キリストは、「やがての時がある」としているのに対して、弟子は「地上天国の実現」をイメージしていたのですね。

信仰さえ失わなければ、次のステージに対応できるということですね。

それは、イエス・キリストが、十字架に架かって死なれ、葬られ、三日目に復活し、オリブ山から昇天されてからの弟子たちの役割についてです。

立ち直った弟子は、命懸けで、この役割を完遂しました。それで、今日でも十字架の福音が継続して宣教されているのです。

この「あなたは立ち直ったら」というフレーズには、許しの愛に包まれるような力を感じます。たとえ、落ち込むことがあっても、この愛に包まれて立ち直ったら、それぞれの役割に励むことができるのですね。

動画 こんなことまでできるようになった


More Parkour Atlas

パーツの小型化と多機能化で、メキメキと実力を上げているロボットですが、日進月歩よりも高速に進歩を遂げているように感じます。

センサー技術や補正プログラムも、このような動きには不可欠でしょうから、あらゆる技術の集大成とも言えるのではないでしょうか。

この動画の挙動は、スローテンポなので、動作をコピーしてトレーニングすれば、人間でも再現できそうにも見えてしまいますが、現実的には、簡単ではないようです。

事故現場のレスキューや被災現場の人命救出にも、近い将来に活躍が期待できますね。

才能と性格 ゲーテ

『才能は静けさのなかでつくられ、性格は世の荒波のなかでつくられる。 ゲーテ

性格が生まれ育った環境と無関係ではないということを体験的に感じます。

「あの人は末っ子だから」とか「一人っ子だから」などと性格を揶揄する会話もありますね。生育環境だけでは無く、世の荒波というと、社会生活を営む中でも、つくられ続けるのですね。このように考えると、性格は環境要因で変化をしていくということになります。

「才能は静けさのなかで」とは、これもまた、環境要因も大きな要素かも知れませんね。

天才と言われる人の中には、周囲がザワザワしていても、秀でている集中力を発揮するというケースもありますね。まるで、その人には、ノイズキャンセル機能が備わっているのかのようですね。あるいは、周囲の凡人の迷惑にならないように、環境を整備できるという天才を育てるためのゆとりも大切なのでしょうか?

才能に恵まれることによって、幸せから遠ざかるということは避けられるモノならば避けたいですね。

性格も世の荒波で丸く仕上げると良いのですが、波が強すぎると歪みだけが残ると当人も周囲も傷つきかねませんね。

ソフトランディングを心がけても

日本語で言うと「軟着陸」ですね。飛行機の場合、着陸態勢に入って、車輪が出てこない時があるそうです。その様な時には、胴体着陸や水上着陸を試みて、乗客の生命の安全を最優先に考えるのだそうです。

このような緊急事態でなくても、人間が生きていく上での様々な課題は、「win-win」にならないモノも多くあります。また、病気の末期症状で、死期が近くなると、どのように旅立つかを検討し、意志決定をする必要があります。

つまり、ほかに方法が見つからないどうしようも無い時に、「できるだけソフトランディングでお願いする」という話になってきます。

方針は決まっても、状況の変化や症状の変化で、多少のぶれが起きることもあります。

「お手柔らかにお願いします」なんて表現も使いましたが、当人が自覚する不快感と、看る側が推察する不快感とのギャップが大きいケースもありました。

「生きているから、不快感や痛みを感じるんだ」という考え方も、比較的安定している状況では表現できますが、弱さが表面化している当人には通用しませんね。

心理的アプローチとしては、医師や看護師に「不快感や痛みがあることを承認してもらう」という方法があります。現実的には、この選択肢でしょうか?

食事がのどを通らないようになれば、薬も限られてきますからね。

緩和ケアでの気遣いが、当事者にとっての最後の砦ですからね。

心満たされる要素 箴言13:4

『怠け者の心は欲を起こしても何も得ない。勤勉な者の心は豊かに満たされる。(箴言13:4新改訳2017)』

ゴールドラッシュの時代には一攫千金という夢を見て、金鉱を探すために多くの人が探検に出かけました。しかし、現実的に、金鉱にたどり着けたのは一握りの人でした。

熱心な探検者でもそのような経過をたどったのですから、怠け者が一攫千金を狙ったとしても、獲得できる可能性は無きに等しいのかも知れません。また、一攫千金を得たとしても、それを、保ち続けるのは難しいでしょうね。

「勤勉な者の心」というのが気になりますね。

「いつも、目の前の課題に真摯に取り組み、やがての時のチャンスに備えている人の心構えを持つ人」と表現したらよいのでしょうか?

「コツコツかつコツコツ」信仰を保ち続ける人には、やがて訪れるチャンスを見る目も与えられるということですね。

何よりのタカラは、「…心は豊かに満たされる。」という所ですね。

あらゆる物質的成功も心を充足するには至りませんから、心が満たされるためには、健全な信仰に日々歩むことに尽きるというコトですね。

言葉を与えられた人間 スタンダール

『言葉は考えを隠すために人間に与えられたものである。 スタンダール

「口を濁す」とか「言い繕う」または「言い淀む」など口先で本当の心情を出さない時があります。

そのような場面をイメージするフレーズですね。

動物の中で、言語というツールは人間に与えられたものですね。ただ、これが真実を表すのかというと、そうでもないという現実がありますね。

「目は口ほどにものを言う」というフレーズもありますから、言葉よりも表情の方が、感情を素直に表現しているのかも知れませんね。

心にも無い「口からでまかせ」を言ってしまったら後処理が厄介なことになりかねませんから注意したいモノです。

また、思ったことをすぐに口にしてしまう正直すぎる人も注意が必要ですね。

しばらく「言葉」はどうして人間にだけ与えられたのかを考えてみます。