永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

どっちが正解でしょうか?

まあ、正解は無い話です。

それぞれの培ってきた道徳性にどう響くかですね。

親友に結婚指輪を届けてあげる必要が出てきました。しかし、そこまでの切符代がありません。あなたなら、どうしますか?

A.たとえ親友に結婚指輪を届けられなくなるにしても、切符を盗んではいけない。

B.たとえ切符を盗むことになっても、結婚指輪を届けるべきだ。

 

あなたは、どう考えますか?

日本人の大学生は、圧倒的に「A」を選ぶのだそうです。そして、「B」は理解不能だそうです。

インド人やアメリカ人は「B」を選ぶ人が多いと言う。

これは、「対人関係義務」をどう考えるかという問いとのこと。

2つのテーマを並べて、どちらに重きを置くかという選択に迫られるのですね。

筆者なら、切符代を後払いにしてもらうとか?誰かに立て替えてもらうとか?電車に乗る人に頼むとか? 脇道にそれる解答をしてしまいそうです。

一人でもできるコト

「一人だから何もできない」などと言いたくなる時がありますよね。

でも、できることもあるのですね。

ランニング、ウオーキング、テニスの壁打ち、ヨガ、バッティングセンター、スポーツクラブ、スイミング

など、環境によっては、周囲が気になる方にはハードルが高いものもあるかも知れません。

このほかにも、キッとあると思いますよ。

意外に、ウオーキングは継続すると、気分転換にも、ストレス解消にも効果が期待できますよ。

一日に5分から始めて、20分程度で充分ですから、身体のコンディションに合わせて取り組むのも悪い話ではないと思いますよ。

決して、一日一万歩歩かなければならないと力まないことですね。

最近は、一日20分程度、2000歩くらいが健康維持に良いと耳にするようになりました。

自分に合う適度な運動が見つかるといいですね。

本当に見えているならOK

『盲目で生まれた者の目を開けた人がいるなどと、昔から聞いたことがありません。あの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできなかったはずです。」彼らは答えて言った。「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか。」そして、彼を外に追い出した。イエスは、ユダヤ人たちが彼を外に追い出したことを聞き、彼を見つけ出して言われた。「あなたは人の子を信じますか。」その人は答えた。「主よ、私が信じることができるように教えてください。その人はどなたですか。」イエスは彼に言われた。「あなたはその人を見ています。あなたと話しているのが、その人です。」彼は「主よ、信じます」と言って、イエスを礼拝した。そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」パリサイ人の中でイエスとともにいた者たちが、このことを聞いて、イエスに言った。「私たちも盲目なのですか。」イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、今、『私たちは見える』と言っているのですから、あなたがたの罪は残ります。」ヨハネ9:32-41【新改訳2017】)』

最後の赤文字の所です。

「本当に見えていないのに、見えている」という主張は、事実ではありませんから、「罪」であると指摘されているのですね。

視力検査の時、ハッキリ見えていないのに、当てずっぽうで言って、当たることもありますよね。でも、実際の視力は、そこまではないのですね。

気をつけなければならないのは、できるだけ正直であることのようですね。

「知らないコト」を正直に「知らない」と言えるとウソをつかなくても済みますから気持ちもラクでいられますよね。

おまけに、知っている人に本当のことを教えてもらえるかも知れません。

見栄や肩肘を張って生きていると、それだけでかなり疲弊してしまうますからね。

必要以上のストレスを抱え込まないためにも正直に生きたいです。

木の葉蝶

twitter.com

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(screenshot)

https://twitter.com/CenterForBioDiv/status/1009534388563038208

枯れ葉のように見えますが、ジッと見ていると、ヒラリと動きます。

そうすると、色鮮やかな方の羽が姿を見せます。

動画ならではの観察ですが、静止画でシャッターチャンスを狙っても、逃してしまう人も多いかも知れませんね。

創造主である神によって創造されたものの中で、どれくらいを人間は目撃しているのでしょうね?

そして、ノアの方舟で保護された「原種の種」がどのようなものだったのか、とても興味はあります。

ただ、それを知るのは、肉体的生命を卒業してからになるのでしょうね。楽しみです。

コノハチョウ - Wikipedia

人間の歴史の背景を考えてみる

天地創造されてから、ノアの洪水までは、地球上の地形は、今日のそれとは違ったかも知れないと筆者は想像しています。

ムー大陸」などと言われますが、そのような時代があったのかも知れませんね。

ノアの洪水の後に、山が隆起して、海が深くなった。

ボリビアのウユニ塩湖など標高の高い場所から、塩が採れるのは、ノアの洪水の時に駆け巡った水の移動によるものなのでしょうか?

ココに書いているコトは、筆者の想像によるものです。

ノアの洪水の後に、今のような、大陸ができたのでしょうか。

人間が創造主である神から授かった知恵によって、大陸に増え広がり、大海を渡って移動したり、そのように考えると人間は非常に逞しい生きものですね。

今の人類は、ノアと3人の息子、4組の夫婦から増え広がってきたのです。

生業として農業をしたり、漁をしたり、遊牧をしたり、近代では、貿易をしたりするようになりました。

農業や漁業は、その土地を中心の活動しますが、遊牧や騎馬民族は移動するのが得意ですから、行動範囲は広いのですね。

ですから、農作物や漁獲物の余剰分を、移動や運搬に長けた集団が運ぶなりして貿易に発展してきたのでしょう。

同時に、農業や漁業者は、移動する集団に助けられながらも、生命線を握られてきたのではないかとも想像します。

良い集団に出会えたら幸せで、悪い集団に襲われるということもあったでしょうね。

白馬の騎士」という正義の味方が、世界平和のために活躍してくれるのなら素晴らしいことですね。

自作自演の悲観シナリオ

人生のドラマの主役は、自分であっても、台本が完成して手元にある訳ではないのですね。

ですから、いろいろな可能性に溢れているはずなのです。

しかし、自分なりに未来の台本を作る作業になると、悲観シナリオの方に引っ張られていくことがありませんでしょうか?

脚本をバラで敷き詰めれば良い訳ではないのでしょうけれど、全てがうまくいかないとの結末を強くイメージしなくてもよいはずなのに。

また、これからのコトよりも、不可能なのに少し前のコトを変更上書きしたくなったりしますよね。

「失敗したなあ」と思えば、過去の変更上書きではなく、「今度、どうしようか?」という発想に修正する必要がありますね。

失敗するのは、身長が低いからとヒールが15cmもあるような靴を選んだりしてしまうとか、自身の環境とギャップがありすぎるシナリオだと、実現性が低くなってしまったり、ケガを入院するレベルまで拡大することにもなりかねません。

前向き肯定的なチャレンジに満ちたシナリオを書いていきたいですね。

どうしても決まらない時に コイントス

コインの形状は?と問われて、マルを書く人はほとんどかも知れませんね。

でも、長方形を書く人もいました。

コインは、表か裏がのどちらかしかないと考えていると、「違うのでは?」と感じるしょうね。

コインには、表と裏そして、厚みを眺めて時の長方形があったのですね。

公衆電話機や自動券売機や自動販売機などのコイン投入口の形状が長方形なのですね。

さて、スポーツなどで、できるだけ公正に、物事を決めるためにも使われるコイントスですが、厳密に言うと、コインの重たい側の面が下になる確率が高いという見解もあるようですね。

ただ、双方が、コイントスで決めることに同意しているのなら、問題はありませんね。

日本のコインの中では、500円玉が額面が高いです。

なので、「一枚だけどうぞ!」と言われて、大人が選ぶとなると、迷わず500円玉を選ぶでしょうね。

でも、ある小学生は10円玉を選んだそうです。

その理由は、定期的に、公衆電話に10円玉を入れて電話をすると、遠くにいる親の声を聞くことが出来たのだそうです。

この少年は、事情があって、親と遠く離れて生活したのですね。

親の声を心待ちにしている少年にとって、どの硬貨よりも10円玉の価値が、大きかったのですね。