永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

やさしき舌は生命の樹

「やさしき舌は生命の樹なり、もとれる舌は霊魂を傷ましむ(箴言15:4)」

「舌の根が腐っている」なんて、口の悪い人にいうこともありますね。

「口は災いの門」という表現もあります。

聖書の中には、「心に満つるより口に言わるる(マタイ12:34)」などとも書かれています。

心と口そして、舌がつながっているということなのでしょうね。

また、「口に入るものは人を汚さず、されど口より出るものは、これ人を汚すなり(マタイ15:11)」ともあります。

自分にも、周囲の人にも、やさしいことばを発していきたいモノですね。

そのために、心の平安を確認して整える必要があるのですね。

動きたくない気持ち

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公園の中で、注目を浴びる犬、そして、飼い主。

なんとかして、動かそうと仕掛ける飼い主に対して、絶対に動こうとしない犬が、公園でくつろいでいる人たちのエンターテインメントになっていますね。

取り方は様々ですが、一つの見方としては、しつけもできない飼い主だと批判されがちです。

でも、別の見方では、飼い主が甘えを受け容れてくれるという信頼関係があり、飼い主と犬の関係は良好だと肯定的な評価もあります。

犬は犬なりに意思を持っていますので、自己主張を通される時には、収拾がつかないコトもありますね。

人間としても、人間同士の意思の扱い方には、色々な工夫が必要ですからね。

「ケレケレ」フィジーの分け合う文化

「我すべての事に於いて例を示せり、即ち汝らも斯く働きて、弱き者を助け、また主イエスの自ら言い給いし「あたうるは受くるよりも幸福なり」との御言を記憶すべきなり」(使徒20:35)」

 

フィジーでは、あちこちで「ケレケレ」という声を聞くのだそうだ。

日本語的にいうと「少しちょうだい」とか「ちょっと貸して」という感じだそうです。

飲食店では、自分が頼んだ飲み物がなくなると、そばの知らない人に向かって「ケレケレ」といっては、分けてもらう。

洗濯物が、干してあれば、「ケレケレ」といって、拝借しちゃう。

そんなことが、認められているおおらかな文化みたいです。

ただし、これは相互に助け合うことを意味していて、もらってばかりいる人は、共同体からはのけ者にされてしまうのだとか。

「助け合い(ギブアンドテーク)」を基本に成り立っているコミュニティーなのですね。

日本でも、何でもタダで「ちょうだい」という人を「クレクレ星人」といって揶揄したりしますからね。

語感は似ていますけど、内容は大きな差があるのですね。

おこぼれ

お相伴にあずかるのは、結構うれしいものですよね。

しかし、そればかりを期待するのは、少し寂しい気がします。

鹿威しは、水が程よくたまると、水を注いでから、戻った反動で、竹が石を打ち、音を出すのですね。

「水が程よくたまる」ところからサイクルが始まるのです。

そのためには、まず満たされることが大切なことですね。

自分の周りを潤すためにも、まず、自分が潤う必要があるのですね。

「酒に酔うな、放蕩はその中にあり、むしろ御霊にて満たされ、詩と讃美と霊の歌とを持て語り合い、また主に向かいて心より且つうたい、かつ讃美せよ。(エペソ5:18)」

とありますから、酒よりも聖霊に満たされると、それが周囲を潤し、より良い分かち合いができるのですね。

雨天の友

「盟友(とも)はいずれの時も愛す、兄弟は危難(なやみ)の時のために生まる(箴言17:17)」

商売が繁盛している時には、多くの人が寄ってきます。

何かを求めて、群がってくるようなイメージでしょうか?

でも、大切なコトがあります。

人生、晴れの時ばかりじゃない、必ず、雨の日もやってきます。

そんな時には、群がってきた人たちは、離岸流のように、サーッと引いていきます。

その時に為に、「雨天の友」を備えておきたいですね。

「逆境の時に支持してくれる友人」

「厳しい忠言をしてくれる友人」

は、いい時も辛い時もそばにいて相談相手になってくれる人なのですね。

雨天の友を得るためには、まず、自分が雨天の友となること。

信頼され、思いやりを適切に発揮できる人でありたいですね。

祈る手 デューラー

ドイツの画家にデューラーがいます。
代表作は、「自画像」「野うさぎ」「アダムとエヴァ」「祈る手」などがあるそうです。

ファイル:Praying Hands - Albrecht Durer.png - Wikipedia

生の感動伝えるデューラーより
デューラーの父は、彼が生まれる16年前にハンガリーからニュールンベルクの 近郊に移住してきた鍛冶屋だったが、18人もの子沢山だったため、 鍛冶仕事や雑用程度の手間賃稼ぎに追われて、 生計を建ててゆくのが困難だったとされる。
鍛冶屋のアルブレヒトアルバートの息子2人がある日相談して、 コイントスに勝った方がニュールンベルクの町にゆきアカデミーで絵画の勉強をし、 負けた方が4年間炭坑で働き学資を稼ぐ。そして4年経った後には、 絵で生計を立てるようになった方が、最初働いていた兄弟の絵の勉強の学資を出す。 こんな約束だった。

この賭けにアルブレヒトは勝ったので、ニュールンベルクに赴き絵の勉強をしたところ、忽ち頭角を現し、卒業間際にはそのエッチング木版画は師をも師をも凌ぐ出来栄えと、世間で評判になったという。
約束の時が過ぎ、画家としての名声を得てアルブレヒトが故郷の我が家に帰ってきて、 一家中で彼の新しい成功を祝って祝宴を行うことが出来た。宴席の終わりにアルブレヒトアルバートに向かって、「今度は君の番だよ。アルバートよ、ニュールンベルクで 絵の勉強を始めて、君の夢を適えてくれたまえ。」と言った。
テーブルの反対側に座っていたアルバートが、涙乍らに言った答えたは、 次のようだった。「だめだめ。もう僕はニュールンベルクなんかへは行けないよ。 僕にはもう遅すぎるんだ。4年間で僕の手はすっかり駄目になってしまった。 ご覧。両手の指はどれもが、何回か潰れてしまったよ。乾杯の返杯すらできないでいる。 この指では、もう筆やブラシをもって微妙なラインなんかを描くことはできなくなって しまったんだ。」

 

Jomonjin_Durer

 

という逸話があり、ならばハンスのその手を描かせてくれないかと誕生したのが「祈る手」だという話があります。

後にハンスもアーティストとして名を残しているとも言われている。

美しい兄弟愛として取り上げられる話ですね。

語る人が何を伝えたいか、聴く人が何を聴き取るのかによって伝わるものが変わってくるのでしょうね。

プロスペクト理論

少しでもお得にしたい。

でも、損は絶対にしたくない。

などと、財布が堅い、堅実な人も居ますね。

プロスペクト理論とは、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱された理論で、人間は利益を得る場面では確実に取れる利益を取り、リスクを前にするとその全てを回避しようとする傾向がある、という行動心理のひとつです。

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「慌てる○○はもらいが少ない」などとも言われますね。

宝くじなどでも、連番よりもバラの方が高額当選が多いという話もあります。

前後賞も総取りで考えようとすると、連番ですね。

ただ、宝くじは半分は第二の税金と言われていますから、購入総額の半分くらいしか払い出ししないのですね。

これを考えると、宝くじを購入しないという選択をする方もお見えになる訳ですね。

買わなきゃ当たらないし、どうします?