永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

ホタルの光が、こんな現実を招く事も ロマンスは命懸けですね。

ホタルの光を見に行くツアーもあるようですね。

くらい自然の中で、まるでLEDのようにきれいな光はロマンチックな気分になる人も多いでしょうね。

ホタルの世界では、厳しい現実もあるようです。

科学的に言うと、ルシファラーゼとルシファリンが化学反応して発光するのだそうです。

光の点滅のパターンが何種類かあり、それを使い分けて、コミュニケーションをとっているのだそうです。

オスが誘いかける点滅をすると、アメリカ産のフォツリスという種類のメスホタルは違う種類の点滅で、違う種類のオスを誘い、そのオスが近づいてくるとむさぼり食べてしまうというのです。

メスには、生き延びるためにルシブファジンという毒を手に入れる必要があり、それを持っている他の種類のオスホタルを騙して誘い、むさぼり食べて、補うのだそうです。

ニートラップですね。

オスホタルにとっては、ロマンチックな出会いも命懸けのようです。

人間界でも、色々な命をかけて、ロマンチックな天界があるのでしょうけど、そういう意識が希薄な人が多いようですね。

ご用心ですね。

参考資料:「発光する生物の謎(西村書店)」

自動車はこんな風にもなる どう考えるか?

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自動車で最高時速どれくらい出した事がありますか?

日本の公道の制限速度は100kmくらいですよね。

でも、軽自動車でも、スピードメーターは、それ以上の目盛りが用意されていますね。

実際何キロまで出せるのでしょうね。

ある程度の余力が必要だろうというのは、想像はできるのですが、300km以上出せるクルマが、公道を走っている現実もある訳です。

どう見ても、そこまでは使い切れない性能を買う人もいるのですね。

ドバイのパトカーは、そういうクルマを取り締まるために、スーパーカーを導入しているとかニュースになったりしますね。

まあ、それはさておき、実験映像です。

衝撃映像ですので、閲覧注意です。心して見てください。

クルマは、解体される時、色々な部品を外して、金属だけにすると、結構コンパクトになってしまうのですが、この動画の結末は、さっきまで走っていたクルマが、いろんなモノの塊になってしまっています。

高速道路で、対向車線から飛んできたコンパクトカーと大型バスが衝突するという事故もありましたので、クルマの運転は、安全第一ですね。

野菜も大切ですね。 キャットフードばかりではダメ?

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キャットフードばかり食べていないで、野菜もたべにゃさい」

とでも言っているかのようなネコちゃんです。

一枚ずつはがしていくのですね。不思議な食べ方です。

猫ちゃんは、肉食だそうですので、野菜を食べ過ぎるとお腹の調子が悪くなるようですね。

このネコちゃんは、ベジタリアンなのかも知れませんね。

完全に相手の話をきくとは

多少なりとも、傾聴的な活動をする者としては、目の前の人について、五感を傾けて理解しようとしてはいます。

ただ、どこまでできているか?というと課題があるなと感じますね。

傾聴というのは、相手も気持ちを聴いて、共感する。

というのが、基本だと考えています。

これは、相手が発信してくれた内容を否定も肯定もせずに、どのように受け止めていくかが問われますね。

完全に相手の話を聞くというのは、この傾聴を超えて、さらに理解を超えた領域なのかも知れませんね。

厳密に言うと、人間には不可能な領域なのでしょうね。

傾聴的アプローチは、相手を理解しようとすることですから、この人は、こういうことをこのように感じているのか。

という理解度を深めていくと、完全に話をきく事にたどり着いていくのでしょうね。

人は見かけによらず 見立てがはずれる事も多い

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ニワトリは空を飛べないと思い込んでいると目を疑う光景ですね。

人は、本当の自分のことをわかっているようでわかっていないという現実があります。

自分のやりたい事やその思いが遂げられれば自己満足することもあるのでしょうね。

ですから、自分が思う自分像で、診断をしてみても、しっくりこないこともあるのかも知れないですね。

また、他人から見る自分とでは、大きなギャップが伴う事でしょうね。

相性診断などをする時には、設問に答える人によって、診断結果も大きく変わる事もありますよね。

他人を観察するのは、表面上の事が多く、必ずしもその人を理解できていないのでしょうね。

その人の本音を仕草や、その人が発することばで捉えられればいいですね。

ある日、「あの人あんな人だったんだ」なんて感じた経験は多くの人がもっているでしょうね。

ことばはよみがえる

「ことばは死んだと思ってもよみがえる」と、漫画家の山本直樹さんが言っていたのが、印象に残りました。

確かに、ことばは、音でも印刷された紙でも、人の目の前を通過しながら、どこかへと行ってしまいます。

でも、時代を経て、誰かが、そのことばを発すると、それにまつわる様々なモノが引きずり出されるのですね。

ことばは、まるで生き物のように、身を潜めるけれども、生き続ける。

そして、時代を経ても、継がれて、また、意味を加えながら、その使命を果たして行くのではないだろうかと考えます。

「はじめに言あり、言は神とともにあり、言は神なりき。この言ははじめに神とともに在り、萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。…されど之を受けし者、即ちその名を信ぜし者には、神の子となる権をあたえ給えり。…言は肉体となりて我らの中に宿りたまえり、我らその栄光を見たり、実に父の独子の栄光にして、恩恵と真理とにて満てり。(ヨハネ1:1-3,12,14)」

御子イエス・キリストは、御父のことばとして、肉体に宿り、十字架に架かって贖いを完成し、それを信じる人には、神の子としての権利を与えられるのです。

つまり、三位一体の神の唯一の御子と共に養子として迎えてもらえるのですね。

ことばは、肉体となって、一度は死んだけれども、復活し、信じる人を養子の兄弟としてもらえるのですね。

神のことばは、すでによみがえっているのですね。

とばっちり 赤ちゃんにキックされた猫が八つ当たり

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偶然の出来事でしょうね。

猫も被害を受けたのですが、ワンちゃんもとばっちりを受けるという、理不尽なドラマです。

この猫のやるせない気持ちを発散するかのような、猫パンチワンちゃんには申し訳ないですが、思わず微笑んでしまいました。

そして、何よりもスゴいなあと感心するのは、すべてを知っていて、猫のストレスを顔で受け止めてやり過ごすというこのワンちゃんです。

これは、赤ちゃんとネコちゃんとワンちゃんの動画です。

しかし、どこの家庭でも日常的にありがちで、不作為の被害をどのように受け止め、昇華していくのかを考えさせられる一面も感じます。

何人の子がいるかで変わってきますが、年長の子が、ストレスを引き受けるのか?

あるいは、親が引き受けるのか?

でも、それらを放置しておけば、家庭だけにとどまらない事態に発展する事も可能性としてはありますよね。

身近なとばっちりやり過ごせますか?

そんな時「私の問題ではない。あの人の問題だ。」

なんて、つぶやくのも一つの昇華の方法かも知れませんね。