『11:1 さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人たちも神のことばを受け入れたことを耳にした。
11:2 そこで、ペテロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちが、彼を非難して、
11:3 「あなたは割礼を受けていない者たちのところに行って、彼らと一緒に食事をした」と言った。 使徒の働き11:1-3新改訳2017』
ペテロが板挟みになるテーマが持ち上がりました。
割礼は、アブラハム契約の印ですから、ユダヤ人は直接的な関係性があります。
初代教会は、ユダヤ人信者からのスタートでしたが、福音の宣教拡大で、異邦人にも広がったことから、このテーマがクローズアップされたのです。
使徒の働き1:8では「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」とあります。
「エルサレム、ユダヤとサマリアの全土」までは、圧倒的ユダヤ人比率だったのです。しかし、「地の果てまで」という局面が、使徒の働き10章以降の流れになります。それに備えて、【主】はペテロに幻を見せて心備えを促したのです。そして、ペテロはコルネリウスと会ったのです。
当時、異邦人が信仰者になるには、ユダヤ教に改宗して、ユダヤ人になり、信仰を持ち救われるという流れがあったようです。しかし、それは、人間的な手法でした。
コルネリウスの時には、この手順に革命的な事が起きたのです。
その変化は、ユダヤ人信者に対して、新契約の時代が始まった事を突きつけられる戸惑いの要素を多く含んでいたのです。
それが「割礼」でした。割礼は、体の表面に現れるシルシになります。
でも、新契約の本質は、「信仰者の内面に起きる変化」だったのです。「聖霊の内住」は、「人間には目視できないシルシ(創造主である神【主】の所有の印)」なのです。
当時のユダヤ人の感覚は、サマリアは半分兄弟という認識でした。
でも、「異邦人は汚れている」という感覚を共有し、異邦人の家に上がったり、ましてや食事を共にするなど、論外だったのです。
ペテロがコルネリウスと共に食事をし、その家に滞在したことが広まり、割礼を受けているユダヤ人から批判が出て、それに、ペテロは弁明をする事になりました。
その内容は、幻を見せられた直後に、コルネリウスの使者が来て、その招きに応じて同行した事、また、ペテロが語った福音に、コルネリウスたちが応答すると聖霊がくだり、それまでとは違う情景が広がったと説明でした。
それを聞いた人たちは、異邦人を救いに入れた【主】を誉め讃えたのです。
これにより、初代教会の分裂は回避されました。
この変化は、新契約時代(めぐみの時代)の信仰者と神殿礼拝の間にクサビを打ち込むことになりました。
肉体では目視できない天的教会(普遍的教会)が出現し、ユダヤ教徒たちが迫害者になっていく傾向が強くなったのです。