永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

何によって希望を持つか?

「げに信仰と希望と愛と此の三つのものは限りなくのこらん。而して其のうち最も大いなるは愛なり。(コリント前書13:13)」

とあり、信仰と希望と愛のこの三つの要素が、物理的な要素にまさって、残るモノであるのですね。

「絶望は死に至る病」であるとセーレン・キェルケゴールは書いています。

絶望することは、生きていく上で少なからずあり、それらとどのように付き合っていくかで人生の質が変わっていくようですね。

シンプルに言うならば、希望の方向に向き直るのが、マインド切り替えのためには重要なポイントなのですね。

イエス・キリストをメシアとする聖書的ユダヤ教の立場は、イエス・キリストが十字架で命をかけた愛を表したことを土台として、約束されている永遠の命(幸福)に希望を持ち信仰によって、先取りして生きる。

ということなのですね。

また、この世を生きていく上で、一番大切な要素は、養育者の「無条件の愛」なのですね。

これが、あってこと、存在不安に怯えることなく、成長していけるものなのですね。