永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

争わない共同相続人として テトス3:7

『4 しかし、私たちの救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れたとき、5 神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみによって、聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。6 神はこの聖霊を、私たちの救い主イエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。7 それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みを抱く相続人となるためでした。(テトス3:4-7新改訳2017)』

「争族」という言葉が一般的になるほど、「相続」が難しい時代になっているようです。

その理由として考えられることは、「遺産の配分が難しい内容」だとか「不公平感」、または「もっと欲しい」と考えている人がいるなどです。

ある牧師が、落差51mのナイアガラの滝を眼前に見ながら「これは、私のお父さんの持ち物です。」とサラリと言ってのけたそうです。それを聞いていた周囲の人は、どんな財閥なのか?と目を丸くしていたそうです。

でも、そのカラクリは、牧師の信仰にありました。

つまり、創造主である神の持ち物、すなわち、父なる神の所有だと理解していたのですね。

三位一体の神【主】は、御父、御子、御聖霊です。信仰者は「神の子(ヨハネ1:12)」とされるのですから、御父が「神の子である信者の父」になるというのです。

讃美歌の中にも、「御子イエスを兄上と呼ぶ」という歌詞があります。

関係性を整理すると、信仰者は、父なる神の養子とされ、御子イエス・キリストとは、きょうだいの関係にされているのですね。

ですから、信仰者たちは、御子イエス・キリストと共に、共同相続人とされているのです。

しかし、【主】は永遠の存在ですから、相続できないのではないか?と心配する必要はありません。

神の子としての権利は永遠に揺らぐことはありませんから、御父と御子と共に、新天新地で過ごすことになるのです。

また、全宇宙に及ぶ莫大な資産は、争わなくても良いほどあるようです。

自分が、どこかに隠しておく必要も無いのです。

地域教会などで、権力闘争などがたびたび起こります。それを見聞きすると、スゴく寂しい気持ちになります。

かつて、弟子たちが「栄光の王」として、御子イエス・キリストが来臨されたと思い込んで、右大臣や左大臣を予想していたような、的を射ていない騒動が今の時代にもあるのです。

永遠の幸福マインドに留まることができれば、有り余るほどの「愛」や「めぐみ」のシャワーを浴び続けることができるのです。

永遠をイメージできる共同相続人には、「争族」は無縁なのですね。