永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

人生の主導権 箴言16:3

『あなたのわざを【主】にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画は堅く立つ。(箴言16:3新改訳2017)』

人生の主導権ほど、バランスが難しいと感じるコトはないと考えています。

人間は、一人一人生きていて、それぞれが決断しながら人生を歩んでいるからです。

「委ねる」という意味合いと、【主】の存在にピンときません。

聖書に記されているのは、この【主】は、全宇宙の創造主である神を指しています。

もちろん、人間も、この【主】によって創造されました。

そうなると、「生きていて」というのは、「生かされていて」というのが、実情を表しているコトになります。

具体的にどうすれば良いのかですね。

船に例えると、船には船長とオーナー(船主)がいます。

これは、同じ場合もありますし、大型船の場合は別の場合が多いのではないでしょうか?

つまり、人間の身体である肉体は、創造主である神がオーナーであって、宿っている自分自身は船長なのだということです。

船長には、ある程度の裁量権がありますが、オーナーの意向に沿って運用し、時として、お伺いを立てる必要もでてきますよね。

生かされている人間は、個人差がありますが、努力の余地があります。この範疇で、努力を重ねる必要があります。

でも、それらを超えた事柄に対しては、自分自身の範疇ではないので、オーナーにお任せするということですね。

これが、委ねるという意味合いになります。

自分自身の人生だから、自分にできる限りのチャレンジをすることは素晴らしい事です。

でも、オーナーと同じ方向性で、最大限の努力ができれば、結果に大きな差が出るということが期待できます。

このバランスを取るために、祈りと努力の両輪が大切なのですね。


※【主】=創造主である神