永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

嘘を本当らしくするために

『一つの嘘を本当らしくするためには、いつも七つだけ嘘を必要とする。 ルター 「著作集」』 

 

体裁を取り繕おうとすると、真実でない作り話を作り上げようとしてしまうのが、人間の一面のようです。自己正当化のためにとる行動ですね。

0点のテストがあるにも関わらず、そのテスト用紙をシュレッダーにかけて処分したので、「自分は0点を取ったという証拠はない」というイメージですね。

0点のテストを見せられた時に、親の対応が大切なのだそうです。「正直に良く見せてくれたね」と言えると良いのですが「何でこんな成績なんだ!!!!!」という怒りの反応が大半ではないでしょうか?怒りを表すと次には見せられなくなってしまうようですね。

0点を取った本人が、自分を責めているので、親としては冷静に受け入れてあげる方が、子の自己受容に繋がるのでしょうね。傷に塩を塗り込むような反応がでると、自責に耐えられずに、他責に走ったり、モノに当たったり、逃避行動になるのですね。

「やさしい嘘」とかも言われますが、方便というのが人によって基準が違うので難しいところですね。基本的に人間は、嘘をついてしまう生き物ですからね。

利害関係がなければ、その嘘をスルーできるのがやさしさなのかも知れませんね。ただし、利害関係が出てくると、スルーできない要素になり、係争にも発展しかねない状況を生むのですね。

自分のためにも、できるだけ嘘はつきたくないですね。