子どもには親を選べないというハンディキャップがあると言われます。
そして、「そこに生まれてしまった以上、永遠に逃げられない場所」という考えも根強くあります。
「血縁という血のつながりは、断ち切りがたい」という実感を持つ人も多いのではないでしょうか?
血のつながりには、意味がありそれを否定するつもりはありませんが、血のつながりがあるから、「先祖の言い伝えの踏襲を是が非でもしなければならない」ということが家族関係に歪みを与えているという側面もあると考えています。
別な言葉で言うと、血のつながりがあるからと言うだけでは、家族にはなれないのではないかという問題提起をしたいのです。
筆者は、家族関係を育てていくのは、義理の関係などのように、不断のお互いの努力によってこそより良い関係になっていくもののように考えています。
家族の一員が、それぞれ、自分であるためのスペース(居場所)を確保できるのが最低限必要なのだとも考えます。
例えば、一緒にいて、少しだけでも、互いによい刺激に感じられないのだとすれば、環境を変えるという選択肢もあるのですね。
これには、支配関係が大きく影響していて、増長と萎縮という対立構図を産み出しかねません。
これらがあるとすれば、時には、その支配構造を切る必要があるようですね。