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永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

個人として、何を信じて生きていくのでしょうか? (心理的に適用できる考え方として)

自分は何者なのでしょうか?

 

「わたしは誰でしょう?」と鏡に問いかけても、答えは帰ってこないかもしれません。

鏡の中の自分は、自分の外見に過ぎないからです。

本質は、アナタの内面にあります。

人間であれば、誰でも、父と母が出会い、母の胎内で命を育まれ、この世に生を受けたのですよね。

一般的には、産み落とされた瞬間から「産声」を上げ、「なく」ことで親に命のサインを発信し、愛情を注がれたことでしょう。

ミルクをもらい、オムツを替えてもらい、すべてを世話になっていても、ただ生きているだけで、存在を喜んでもらっていたのです。

 

ハイハイをするようになり、つかまり立ちや歩行ができるようになるに連れて、周囲の目も激変していくことに戸惑った人も多いでしょうね。何でも喜んでもらえた事が、そうでは無くなるからです。叱られる事が増えたり、親の価値観や安全のための規制の影響を受けるようになるのです。

 

 ※このリンクが全文です。携帯電話などから見やすくするためにこちらでも公開することにしました。「真の平安を得る道」

(C)DaviBlackstone2012