永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

おつき合いと本音のギャップ 社交辞令

「引っ越しました。ぜひ、一度遊びに来て下さい。」という手紙をもらったら、あなたはどうしますか?

日本社会のおつき合いは独特な距離感があると感じています。

日本生まれ、日本育ちの私がそう思っているのですから、外国から来た人が戸惑うのは当然ですよね。

もちろん、相手との親密度によるのですが、これにも、お互いに温度差があるものです。

お互いが不快にならない程度の距離感で、おつき合いができるのが良いようですね。

対人関係を構築する達人(Sさん仮名)がいます。

Sさんは、乗り物で隣席になった人でも、気さくに話をしながら、関係を構築して行くというのです。

でも、なぜか? 1時間くらい経つと「けんか」をしてしまうのだとか。

これを聞くと、「対人関係を構築する達人といっても、けんかをしたら、そこで気まずくなるのではないだろうか?」と感じる人が多いと思います。

でも、どうやら自分自身の意見をハッキリと言って線を引くから、けんかになるのだそうです。

何も、殴り合いをするわけでは無いのです。

Sさんにとっての「けんか」は、コミュニケーションの1つの手段だそうです。

どうやら、自分の許容範囲を示し、相手の許容範囲を探るという、利害関係の調整をしているようなのです。

それは、「けんか」ができるほど親密な間柄に、短時間でなれるという事だったのです。

さて、冒頭の一文ですが、呼びかけられたのだから、訪問してみようと考える人でも、アプローチは様々です。

ある人は、自分の都合だけで、突然、訪問することもあるでしょう。

また、慎重な人は、相手の都合や反応を探りながら、訪問するのかも知れません。

どちらにせよ、お互いに大丈夫で、楽しい時間を共有できるのなら、問題は無いのです。

愛想笑いをしながら、苦行の時間を過ごすのは、その後に良い影響を与えません。

それぞれの生活のペースがあり、お互いの都合を探っていくと、案外、共有できる時間が少ないケースもあります。

そこまで、貴重な時間なら、どのように大切に使うかを慎重に考える必要がありますね。

あの人と、また、一緒に過ごしたいと、思えるような関係を積み重ねていきたいと考えています。