かなりのダメ出しをされたので、精神的に滅入ってしまって、もう学校を辞めようかなという話をチョコチョコ聞きます。
そんな時に、「あなたにとっての出口は、まだ無いんじゃないの?」と声をかけたりします。
学校の入り口は、日本では特に難関です。
通学するのにも、周囲のサポートが不可欠です。当然、学費もかさみます。
そして、登山に例えると、7合目か8合目当たりまで来て、このようなコトが起きる確率が高いようです。
出口とは、履修していないと判断されて留年になるとか、学校のポリシーに反する何かをしたので退学勧告をされたなどですね。
留年は、まだ本人の意欲があれば、もう一踏ん張りの可能性があります。
資格を取る専門学校では、その資格への適性も判断材料ですから、それに合わないと不適合とされてしまいます。
つまり、不適合が確定するまでは、そこで努力する余地があるのですね。
人生は、駅伝のようなイメージがあり、中継地点という節目はありますが、ゴールは肉体的生命を卒業するときだと考えています。
人生のステージが変わるときでも、自分にとってのゴールではなく、一区切りなのですね。
「飽きてくる」「イヤになる」「不安に押しつぶされる」などの心境の変化が伴いますが、自分には向いていないかも知れないと感じたときに、思いだしてみる大切な気持ちがあります。
それは、その学校を志した動機です。
自分が苦手とする要素があっても、その学校で学んで、何を実現したかったのかという自問自答です。
このようなやり取りをした後に、退学する人もいれば、卒業をしていく人もいます。
そして、卒業をした人の中には、そのような気持ちになったことなどないかのように自信に満ちて大活躍している人もいます。
きっと、その人自身もご家族も、幸せを実感していることだと思います。
途中で出口をこじ開けるよりも、まだ頑張る気力があるのであれば、出口を目指してがんばると、その先には「開けた世界」が待っていることでしょうね。