永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

不快感とどのように付き合うか?

「サタンは【主】に答えた。「皮の代わりは、皮をもってします。自分のいのちの代わりには、人は財産すべてを与えるものです。しかし、手を伸ばして、彼の骨と肉を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」【主】はサタンに言われた。「では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな。」サタンは【主】の前から出て行き、ヨブを足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で打った。ヨブは土器のかけらを取り、それでからだを引っかいた。彼は灰の中に座っていた。すると、妻が彼に言った。「あなたは、これでもなお、自分の誠実さを堅く保とうとしているのですか。神を呪って死になさい。」しかし、彼は妻に言った。「あなたは、どこかの愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」ヨブはこのすべてのことにおいても、唇によって罪に陥ることはなかった。(ヨブ2:4-10【新改訳2017】)」

ヨブさんが、原因不明の腫れ物が全身にできて、土器のかけらで掻くほどに苦しんだと書かれています。

そして、それを見ていた妻は、「…神を呪って死になさい。」というほどの症状だったようですね。

サタンが創造主である神の許可の範囲内でヨブの身体に腫れ物を発症させたのですから、今で言うとどんな診断名がつくのでしょうか?

それでも、ヨブは「…私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」と、その症状を冷静に受け止め、忍耐して創造主の前に座っていたのですね。

私が、同じような症状なら、ヨブの妻の助言の通りしていたかも知れませんね。

お医者さんに行っても、不定愁訴としてかたづけられるかも知れませんし、肉体で生きるものとしての試練の一つなのでしょうね。

痛みやかゆみに代表される不快感と、どのように付き合っていくかが課題ですね。