永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

自己の制御 ヒルティ

『何かにつけて憤怒をいだくうちは、自己を制御していない。 ヒルティ』

義憤に駆られやすい正義感の強い人もいますね。若い内は特にその傾向が強いのかも知れません。

でも、何でも大丈夫だと考えられる人は、極々、僅かですね。

「自己を制御」とは、結構ハードルの高いコントロールなのでしょうね。

「自分の心を収めることは、城を攻め取るよりも難しい」というニュアンスのフレーズもありますから、自分の心こそ、難攻不落なのかも知れませんね。(参照:箴言16:32)

人は、自己防衛であったり、また嫉妬などから、事実ではない流布をするコトがあります。今で言うと「フェイクニュース」などに当たりますね。

それは、すぐには、当人の耳に入らないケースが多いようですが、両方を知る人がそれを耳にすると、心を痛めたりします。

でも、冷静な人は、両方の言い分を聞いてみないと、判断しないというのです。

スゴく大切な対応ですね。

一方だけを鵜呑みにして、偏った判断をしてしまうと、自分の立ち位置にもダメージが及ぶからですね。

他人を焚き付けないように、他人から焚き付けられないように気をつけたいですね。

しなやかに受け止め合理的に判断する

「失敗は成功の元」と言います。でも、人間は失敗したくないし、失敗していても認めたくないものです。

しかし、生き抜くためには、マインドの転換が必要のようです。

何でもかんでも、前向き、がむしゃらにと言うだけの表面上のポジティブシンキングは方向性を変えた方が良いように感じています。

大切なのは、現実を冷静に直視する目を養うことや、モノゴトをしなやかに柔軟に捉えるゆとりを持つこと、さらに、合理的な思考で判断できる習慣を培うことなどがあげられます。

風に吹かれる柳のように、しなやかさというのは、強風に吹かれても破壊されない強さでもあります。

現実を直視するためには客観性が重要になります。

何よりも合理的な思考というのは、結果と感情の境界線を認識して、それを分けて考えられる要素が必要なのですね。

人生の中で、成功し続けていくのは不可能と言った方が、現実に近いのではないでしょうか?

失敗をはさみながら、手応えのある結果にたどり着いていくのも、人生の醍醐味なのかも知れませんね。

永遠の救い ロマ8:1

『こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(ロマ8:1新改訳2017)』

信仰を持った人は、イエス・キリストにあるものとされます。

そして、「キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」と記されています。

信仰は継続的に維持する必要がありますね。ですから、信じ続けるということになります。

この信仰が永遠の生命に繋がり、罪に定められなくなりますから、スゴいことですよね。

このシンプルなことで、永遠の差が生まれるのですね。

永遠の生命は、ずーっと天の国で、創造主である神と、栄化された信仰者たちと共に過ごすことができるようになります。

もし、この信仰を拒否するとどうなるか? ひと思いに裁かれて絶命し、感覚もなくなるとすれば、それでおしまいとなるのですが、そうではないようです。

永遠の苦しみ(不幸)が用意されているということです。人間の魂は、永続するもののようですね。

ですから、今、人間は、信仰を持ち維持すれば、「永遠の幸福」、拒否すると「永遠の不幸」のどちらかに入る岐路に立っていることになりますね。

動画 楽しさを知ってしまった羊さん


Sheep Discovers How To Use A Trampoline

羊は人がそばにいない時は、結構、自由にしていると聞いた事があります。

この動画を見ると「なるほどなあ、自由だあ」と感じます。

楽しそうな雰囲気が伝わって来ます。

さすがに、連続飛びはできていないようですが、この調子だと近い将来にできるようになるかも知れませんね。

普段は、家族や子どもが遊んでいるトランポリンのようですね。

羊さんは、また一つ、楽しいアイテムを手に入れたようですね。

伝えられるモノ伝えられないモノ ヘルマン・ヘッセ

『知識は伝えることができるが、知恵は伝えることができない。 ヘルマン・ヘッセ

創造主である神に「何が望みか?」と問われ「知恵」を求めたソロモン王は、それと合わせて栄華を極めました。

その様に考えると「知恵」はすべての源なのかも知れませんね。

このフレーズは、知識と知恵を並べて表現しています。

もの知りは「知識」は豊富ですが、それを活用して「知恵」を絞ることができる人がどれほどいるでしょうね。

「知恵は伝えることができない」と言い切っているのは、結構な説得力になっているように感じます。

「おばあさんの知恵」などと、生活の中でのノウハウなら伝えることが可能なのですが、「知恵」の本質は、また違う要素のように感じます。

筆者は、ほんとうの知恵は、マネからはじまっても、個々人の中で醸成されていくものだと考えています。

知識から、体験、経験、失敗など、トライアンドエラーをサイクルとして、より良い知恵が積み上げられていくのですね。

再起するための筋肉 レジリエンス・マッスル

近年、レジリエンスという言葉を聴くようになりました。その範囲で語られる内容です。

そもそも、レジリエンスとは「再起」とか「再生」を意味し、オックスフォード大学では「困難な状況に耐え、素早く回復する能力」と説明されています。

このために、鍛えておく必要があるのが「レジリエンス・マッスル(再起するための筋肉)」となのですね。

これは、逆境を乗り越えるために使う、心理的なたくましさの源であり、ストレス度の高い体験から自分の心や自尊心を守る役割があります。

また、要素としては、「やればできる」という健全な自信であったり、自分の強みを知り生かせる工夫などがあります。

さらに、心の支えとなるサポーターを備えておいたり、「感謝」のポジティブ感情を高めるなども合わせて整理整頓し、鍛えておく必要があります。

一生懸命取り組むのは当然のことですし、気合いだけでは空回りすること必死です。

自分の強みの要素を磨き、健全な自信の土台とし、「感謝」のリストを多くリストアップできる体制の習慣化が大切ですね。

そのように習慣化することで、サポーターに囲まれていくイメージが膨らみますね。

自分の中の精査と努力、そして、人とのより良い関係によって、さらに、人生は好転していくのです。

唯一の救いの条件 ヨハネ1:12

『しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。(ヨハネ1:12新共同訳)』

「言(ことば)」とは、100%神であり100%人となったイエス・キリストのことです。

「イエス」とは、救い主、「キリスト(ギリシャ語)」はメシア(ヘブル語)と同義で油注がれた者を表します。

つまり、イエス・キリストが、唯一無二の生け贄として、全人類の罪科を支払うために、十字架に架かり、死に、葬られ、三日目に復活されたことを事実として、自分のためであったと信じ受け入れる人には、「神の子の資格」を与えられると記されています。

これが、創造主である神から提供された「唯一の救いの条件」です。

創造主である神は三位一体で表現されます。つまり、第一位格は「御父」、第二位格は「御子イエス・キリスト」、第三位格「聖霊」です。

ですから、第二位格である御子イエス・キリストが「子」の立場になるのです。

信仰者は神の養子として迎え入れられ、イエス・キリストは「兄」という立場になるのですね。

当然、子とされるのですから、兄であるイエス・キリストと共に共同相続人とされるのです。地上の法定相続でも子の立場は絶大です。創造主である神が管理している資産は、人間には、想像もつかないくらいに莫大なものですね。

何よりも、「死の恐れに取り憑かれた罪の奴隷」から「神の養子」にされることが、スゴく大きな変化ですよね。

財産もそうですが、それよりも、死から永遠の生命に入れられる事がスゴいことなのです。