永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

自分を責める人のためのセルフチェック

自責の念を抑えきれなくて自傷行為に走る時のことを客観視してみることができれば良いのです。

ただ、これが冷静にできないコンデションの時もあるでしょうね。

大切なのは、どういうときにそうなるのかなのですね。

衝動が起きて落ち着いたときに思い出して「自傷日誌」をつけてみると良いですね。

自分が傷をつけるのは、服でかくれる所なのか?
傷は、どのような形状でしょうか?
痛みの知覚と記憶については?
物質を摂取しましたか?
きっかけは、何だったでしょうか?
どんなときに衝動が強くなりますか?
衝動が起きてから実行までの時間はどれくらいでしたか?
ピアスやタトゥはしていますか?
自傷後の気分や感情の変化はどう違いますか?
どうすれば、自傷行為から抜け出せそうですか?
「自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイドp127参照」

このような、項目をイメージしながら、日誌をかいていくと何か糸口が見つかるかもしれませんね。

参照した本には、置き換えスキルなども紹介されていましたので、気になる方は、ご一読ください。

何かのヒントが見つかると良いですね。

サムエルには聞こえた創造主である神の呼びかけ

『エリは、【主】が少年を呼んでおられるということを悟った。それで、エリはサムエルに言った。「行って、寝なさい。主がおまえを呼ばれたら、『【主】よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。」サムエルは行って、自分のところで寝た。
【主】が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。
【主】はサムエルに言われた。「見よ、わたしはイスラエルに一つのことをしようとしている。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。…だから、わたしはエリの家について誓う。エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物のささげ物によっても、永遠に赦されることはない。(1サムエル3:8-14)』

サムエルは、乳離れしたくらい幼少の時から、祭司エリの所で、見習いをしていました。

祭司のエリは高齢になり、その息子たちも、職権乱用をしたり、好き勝手な神を恐れない振る舞いをしていたのです。

主は、夜中に3度、サムエルを呼びましたが、サムエルは「エリが呼んでいる」と思い、エリの所に行ったのですね。

でも、エリは「呼んでいない」というばかりでした。

三度目に、ようやく、主がサムエルを呼んでいると気づいたのでした。

そこからの個所が、引用してある部分です。

サムエルには語りかけられたのに、エリやエリの息子たちには語り掛けられなかったのですね。

主は、不思議に、語る相手を選ぶのですね。

旅にははじまりがあってもゴールは?

アブラハムは、創造主である神から、この地を離れて約束の地に行きなさい。

と言われて、75歳のときに旅に出たのですが、175歳で死亡するまで各地を転々として旅を続けていたのです。

彼が生きている間には、約束の地に安定的な体制を見せられることはなかったと言えるでしょうね。

ただ、アブラハムが86歳の時にイシマエルが、100歳の時にイサクが誕生しました。

これこそが、アブラハムが約束された子孫繁栄の希望だったのです。

イサクの誕生を予告された時にすでに高齢になっていたサラは、人間的には妊娠が望めない状態だと考えていました。

『【主】にとって不可能なことがあるだろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子が生まれている。」(創世記18:14)』

サラは、主の使いのこの言葉には怖れをなして否定せずに受け入れるほかなかったようですね。

希望は、アブラハムとサラが、人間の限界を通り過ぎたと考えた時に、叶えられたのです。

それは、創造主の御業をあらわすためなのです。

その時まで、希望を捨てずに忍耐して歩む必要があるのですね。

時代は変化するもの

6/12の米朝首脳会談はこれからの世界に大きな転換点となるのでしょうね。

東西ドイツを隔てていた分厚い壁が崩壊したり、ソビエト連邦がなくなったり、いくつもの大きな変化を見てきました。

そして、今度は、朝鮮半島の非核化、その先に、朝鮮半島の統一などもあるようですね。

世界大戦から、冷戦時代を経て、火種を投げ込まれた地域での紛争などがあり、争いが絶えなかったですからね。

振り返ってみれば、今の全人類は、ノアの箱舟以降に、4組の夫婦の8人から増え広がってきたのですね。

ですから、もともとは、国境などはなかったわけです。

人口が増えるにしたがって、争いが増えて、状況を収めるために、線引きが必要になったのでしょうね。

時代によって、バビロンペルシャローマなどの侵略者が出てきて、国境線を書き換えたことによって、火種がくすぶっているというのが現状なのでしょうね。

エルサレムの問題でも、同様の性質を内包しているのでしょうね。

神に似せられて創造された人間の英知と努力で、より良い方向に好転すればうれしいですが、本当の平和が待ち遠しいですね。

バベルの塔の首謀者はニムロデだった!?

『ハムの子らはクシュ、ミツライム、プテ、カナン。クシュの子らはセバ、ハビラ、サブタ、ラアマ、サブテカ。ラアマの子らはシェバ、デダン。
クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の勇士となった。彼は【主】の前に力ある狩人であった。それゆえ、「【主】の前に力ある狩人ニムロデのように」と言われるようになった。彼の王国の始まりは、バベル、ウルクアッカド、カルネで、シンアルの地にあった。その地から彼はアッシュルに進出し、(創10:6-11【新改訳2017】)』

※ミカ書5:6にもニムロデの記述があります。

ノアの子のハムの系図は、クシュからニムロデとつながりました。

ニムロデは「反逆する」という意味です。

地上で最初の権力者となり、バビロニアで王国を建て、バベルの塔を首謀したとする見方もある。

バベルでの言葉の混乱以降、アシュル(アッシリア)に移動せざるを得なくなった。

それが、後世のアッシリア捕囚の種となっていったようです。

歴史は繰り返すと言いますが、やがて、このシナルの地、バビロンで、何かが起きるようです。

ユーフラテス川の南側には、色々な要素が満載なのですね。

ネコとシマリスの知恵くらべ

youtu.be

まるで、トムとジェリーのアニメを見ているようです。

時として、体格の差は有利に働かないこともある。

正に、そのような状況のようですね。

この動画では、シマリスの機敏な動きと、頭脳的な戦略が勝利したように見えました。

羊飼い少年ダビデとペリシテの巨人ゴリアテの一騎打ちのようなイメージですね。

お互いに持てるものをフルに発揮して対峙している姿は、清々しくも感じますね。

思わず、微笑んで見てしまう動画ですね。

人として解決できること

人が与えられたことは何かを考えてみます。

それは、いのちですね。

そして、致死率100%の肉体ですね。

最初に創造されたアダムが犯した原罪ですね。DNAが確実に後世に伝えていますね。

最後に、備えられた贖罪ですね。

『そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。【主】は与え、【主】は取られる。【主】の御名はほむべきかな。」(【新改訳2017】ヨブ 1:21)』

これは、アブラハムと同時代に生きた族長ヨブの信仰告白です。

アダムとエバ以外は、全人類、母の胎から裸で何も持たずに生まれて来たのですね。

そして、肉体的生命を終える時も、何一つ持たずに裸で逝くのですね。

 

一方、人が課せられた課題は?

与えられたいのちの時間をどう使うか?(生きるため)

創造主である神に対する態度を決めること。(肉体的生命の終活)

他にも、思いつくかも知れませんが、聖書的に絞り込むとこのような感じになりますね。

『【主】に仕えることが不満なら、あの大河の向こうにいた、あなたがたの先祖が仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のアモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、今日選ぶがよい。ただし、私と私の家は【主】に仕える。」(ヨシ24:15【新改訳2017】)』

主と書かれているのが、創造主である神のコトです。

主に仕えるのか? 他のものに仕えるのか? の決断をする必要があるのですね。

主に仕える決断をしなければ、自動的に「No」の決断が適用されるのですね。