『9 あなたの財産で【主】をあがめよ。あなたのすべての収穫の初物で。
10 そうすれば、あなたの倉は豊かさで満たされ、あなたの石がめは新しいぶどう酒であふれる。 箴言3:9-10新改訳2017』
どうして、神様は人間のなけなしのお金を要求するの? と言う疑問があります。
地方教会は、建物などを建てるときに、献金を募ります。その様な時に聞こえてくる話の一つに「教会はイイよな。みんなにお金を出してって言えるから。自分の家は、誰にも言えないもん。」があります。
お金の集め方の課題もあるのだと感じます。
でも、大切なのは「自発的な献金」なのかどうかですよね。それぞれの生活防衛は、それぞれの計算も大切だと考えます。
ここで、問われているのは、創造主である神【主】との関係性です。
良好な関係を維持発展させるためには、どうするか?
お世話になっていると言う気持ちがあれば、日本なら、「お中元」や「お歳暮」を送りますよね。でも、これも、人間関係が希薄になっているので、縮小傾向があるようです。
この背景は、律法時代の名残があります。教会では、什一献金と言われる習慣があります。それは、収入の十分の一を献金するというものです。
律法時代の神殿税なども合わせて計算すると「21%」くらいになると試算した牧師もいます。
また、ぶどう畑の場合、ぶどう酒の最上のもの10%を地に返すという記事もあります。今でも、食物規定「コーシャ」に適合するには、10%を地に返しているか?というハードルがあるとも聞きます。ただ、10%地に返していたとしても、最上のものではない可能性もあるらしいですね。
大切なのは、金額や量の多寡ではなく、「心からの自発的」なものであるかが問われているのだと考えています。
「あなたの財産」とあるのは、金銀財宝、収穫物、収入だけではなく、それぞれが授かっている天賦の才能(タラント)もあるのではないでしょうか。
自分にできる事を自発的に献げることこそ、理想の関係を築く一歩になると言うことです。
ただし、自分の自己満足ではなく、創造主である神【主】の御心に適っていることも大切ですね。
これには、トライアンドエラーのくり返しも必要かも知れません。
でも、自分の土台を固めるために必要な要素でもあります。
献げ物は、「自発的に」が基本なのですね。