『23:31 そこで、兵士たちは命じられたとおりにパウロを引き取り、夜のうちにアンティパトリスまで連れて行き、
23:32 翌日、騎兵たちにパウロの護送を任せて、兵営に帰った。
23:33 騎兵たちはカイサリアに到着すると、総督に手紙を手渡して、パウロを引き合わせた。
23:34 総督は手紙を読んでから、パウロにどの州の者かと尋ね、キリキア出身であることを知って、
23:35 「おまえを訴える者たちが来たときに、よく聞くことにしよう」と言った。そして、ヘロデの建てた官邸に彼を保護しておくように命じた。 使徒の働き23:31-35新改訳2017』
あらすじ
パウロ殺害計画が発覚し、パウロの甥が千人隊長に知らせた。それを聞いた千人隊長は、直ちにパウロをカイザリヤに移送することにしました。護衛部隊とパウロのために馬を用意したのです。さらに、千人隊長は、総督宛の手紙を用意したのです。
この時のパウロのエルサレム出発は、ローマに向かう旅の始まりだったのです。
31~33節で、エルサレムからカイザリヤへの移送がはじまります。
まず、エルサレムからアンテパトリス(エルサレムから約60キロ北西にある町)までの移動です。ここは、かつてクファル・サバと呼ばれ、ヘロデ大王が自分の父に敬意を表して、アンテパトリスと命名しました。現在は、クファル・サバになっています。
470人の兵士たちが、夜を徹してユダの山地から、シェフェラー(低地)、そして、アンテパトリス移動しました。途中森林地帯を通過するので、伏兵に襲われる危険性がありました。そのため、一行は、大急ぎで移動し、明るくなる頃にはアンテパトリスに着いたのです。
アンテパトリスからカイザリヤまで、約45キロの道のりです。この一帯は、平地が続き、伏兵に襲われる危険性もなく、さらに、ユダヤ人が少ない地域に入っているので、400人の兵士たちはエルサレムの兵営に帰って行きました。残った70人の騎兵たちが、パウロをカイザリヤまで送り届けたのです。
33節で、騎兵たちは、任務を果たし、カイザリヤに着きました。総督に千人隊長からの手紙を渡し、パウロを引き渡したのです。
この当時、総督はアントニウス・ペリクスでした。
34~35節で、総督による予備審問がはじまりました。まず、パウロの出身地を尋ねました。これは、その出身地に別の統治者がいる場合は、その者に裁判の優先権があるからです。
ルカ23:6~7では、イエスにピラトが審問しています。イエスがガリラヤ人でヘロデの支配下にあるとわかると、ピラトは、ガリラヤの国主ヘロデ・アンティパスに裁判を委ねたのですが、ヘロデがそれを拒否したので、ピラトが判決を出す事になったのです。
この優先権の確認からはじめたのです。
パウロはキリキヤの出身で、そこには別の統治者がいないので、ペリクスが裁判を担当することになりました。しかし、訴える者がいないと裁判になりません。
35節で、訴えるユダヤ人たちが来るまで、パウロはヘロデの官邸に収監されました。「ヘロデの官邸」は、ヘロデ大王が建設した建物で、そこには、いくつかの監獄が設置されていました。この時も、パウロの生活は、かなり快適なものであったと思われます。それは、ローマ市民であり、この段階では、正式に訴えられているわけではないからです。
総督ペリクスの頭の中にあるのは、邪悪な思いで、それは、「どのようにしてユダヤ人の機嫌取りをするか。」さらには、「いかにしてパウロから賄賂をもらうか。」というものでした。
パウロは、ここから約2年間カイザリヤに収監されることになりました。2人の総督と1人の王の前で弁明するのです。これは、使徒の働き9:15の成就です。
ペリクスによる裁判を三区分すると「パウロに対するユダヤ人たちの訴え(24:1~9)」、「訴えに対するパウロの弁明(24:10~21)」、「ペリクスの応答(24:22~27)」となり、それぞれにほぼ均等なスペースが割かれています。使徒の働きの筆記者ルカの意図は、パウロに有罪宣言を出せなかったことを示すことにありました。
この裁判は、ユダヤ人たちの巧妙な訴えがあり、その裁定をするペリクスは邪悪な総督だったのです。
ルカはこのパターンをペリクス、フェスト、ヘロデ・アグリッパⅡ世の3回繰り返しています。
三回の裁判を通してルカが示そうとしたことは、「キリスト教は、政治運動とは無関係」であり、「ユダヤ教がキリスト教を迫害する理由は、明白」だと言う事です。また「ユダヤ教の希望は復活のイエスにおいて成就したとのキリスト教の主張」をしています。
創造主である神【主】の時について
◆サラ
創造主である神【主】の計画は、年老いた夫婦から息子が誕生するというものでした。しかし、サラには神の時を待つ忍耐心がなく、彼女は、「神の前を歩く女」になったのです。そして、女奴隷ハガルによって子を得ようとしました。これは、当時の習慣からすると不道徳なことではなかったのです。
その結果、イシュマエルの子孫とイサクの子孫の葛藤は、今日まで約4000年続いているのです。
◆ヨセフ
ヨセフは、逆境の中でも創造主である神【主】を称えることができた人物です。彼は、兄たちの手で奴隷に売られ、パロの廷臣で侍従長のポティファルのもとに住むことになりました。しかし、ポティファルの妻から濡れ衣を着せられ、監獄に入れられ、エジプト王の献酌官長と調理官長の二人に会うことになりました。献酌官長と調理官長は、獄中で不吉な夢を見、ヨセフは2人の夢の解き明かしをしたのです。献酌官長には、良い解き明かしをし、調理官長には、悪い解き明かしをしました。でも、この献酌官長は、ヨセフのことを全く忘れていたのです。それから2年後、ファラオは夢を見たので、その解き明かしをヨセフがする事になりました。
◆モーセ
男児殺害命令の最中、ナイル川で命拾いをし、そこから引き出され、王女の養子としてエジプトで40年間英才教育を受け、挫折体験を経てミディアンで40年間羊飼いとして訓練を受けました。そして、燃える柴の中から創造主である神【主】の召命があり、出エジプトのリーダーとして40年間仕えた人生でした。
◆パウロ
エルサレムで2回証言をしました。それは、「ユダヤ人の群衆に対して」、「サンヘドリンに対して」行われました。
カイザリヤでは、3回証言をしました。それは、「パウロvs.ペリクス」、「パウロvs.フェスト」、「パウロvs.ヘロデ・アグリッパⅡ世」でした。
カイザリヤでの2年間は、ローマという大舞台に向けて準備する期間でした。パウロは、創造主である神【主】の保護の下にあり、【主】は眠ってはおられないことを証しています。
ヘブル10:36~39参照