永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

私の支配者とは? モンテーニュ

『運命は我々に幸福も不幸も与えない。ただその素材と種子を提供するだけだ。それをそれよりも強い我々の心が好きなように変えたり、用いたりする。われわれの心がそれを幸福にも不幸にもする唯一の原因であり、支配者なのである。 モンテーニュ『人生を励ます言葉』(講談社)』

自分自身の「幸福」や「不幸」を決定するのは誰なのか?

そして、どのような要素なのか?

これは、多くの人を悩ませています。

この問いに対して、冒頭のフレーズは、示唆を与えていると感じます。

それは、まず、自分では動かしがたい要素についてです。

運命は、幸福にも不幸にも介入できないという言及からはじまります。

人間が、この世に生み出されるとき、真っ裸で、何も持たずにやってきます。

その環境や財政状況なども、影響がないわけではないでしょうけれど、それが、結論づけると考えるのは、早計なのでしょうね。人生は、結構長いのですからね。

経済状態が幸福の最大要因ならば、お金持ちは幸福だと言う事になります。

でも、お金持ちは、それなりの不幸も味わっているようです。

それを実感したかったら、お金持ちになるのが近道かも知れませんね。

冗談はさておき、自分の現実に目を向けて、それを受け入れ、自分にできる努力をしていくのが、一番、堅実な人生の歩みだと考えています。

「お金があればあるなりに、なければないなりに知恵をしぼれば良い」と聞いたことがあります。

本当に、その通り、ない袖は振れないのですからね。

それよりも、「我々の心が好きなように変えたり、用いたりする」という作用があるとモンテーニュは続けています。

そして「われわれの心がそれを幸福にも不幸にもする唯一の原因」だと言及しています。

その理由は、心こそ「支配者」だからというのです。

つまり、自分の心には、「幸福」か「不幸」かの決定権があるというコトですね。

何をもって、自分が「幸福」かは、それぞれで、決められるのですから、人生の中で幸せ探しをしていきたいと考えています。

ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ(Michel Eyquem de Montaigne [miʃɛl ekɛm də mɔ̃tɛɲ], 1533年2月28日 - 1592年9月13日[1])は、16世紀ルネサンス期のフランスを代表する哲学者[2]。モラリスト懐疑論者、人文主義者。現実の人間を洞察し人間の生き方を探求して綴り続けた主著『エセー』は、フランスのみならず、ヨーロッパの各国に影響を与えた。

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