永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

忍耐とは? 箴言25:15

『25:15 忍耐強く説けば、首領も納得する。柔らかな舌は骨を砕く。 箴言25:15新改訳2017』

人生の中で、ガマンすることは必要です。

でも、ガマンの度合いは、個人差が大きいことの一つです。

ある程度のガマンは必要ですが、その基準が数値化できないのです。

ガマンのしすぎで、病気に発展することもあるので、ご用心です。

このガマンは、別な言葉で言うと「忍耐」です。忍耐と言えば、次の聖句が浮かびます。

『5:3 それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、
5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。ロマ5:3-4新改訳2017』

それぞれの人生の苦難がどれ程かは、はかりがたいですが、その苦難を通じて忍耐が鍛えられ、練られた品性を醸成し、それが希望に繋がるというのです。

これを掌中に握りながら、忍耐を鍛錬したいですね。

首領の納得を得るとは、かなりの冷静な説明と忍耐が求められることは想像できます。

首領のタイプにもよりますが、的確な判断を仰ぐために大切な事です。

報告や対話をするときに、その事柄に向き合う真摯な姿勢と熱量は必要です。

しかし、多くの場合、前のめりになったり、余計な圧をかけてしまったりする事があるのです。

それに対する教訓は、「柔らかな舌」というものです。

できるだけ丁寧に、穏やかな接し方をするかが課題だと考えています。

どれくらいまで忍耐をするかも、一つの人生における課題です。

一方的にガマンを強いられる事もあれば、誰かと気持ちをシェアしながら、鍛えられていくのも悪くないですね。

そうは言っても、人間の忍耐は有限です。

それと比較はできませんが、創造主である神【主】の忍耐は、でっかいのです。

それは、人間にとっての寿命を貼るかに凌駕するほどのスケールです。

【主】にとっては、「一日は千年の如く、千年は一日の如し」という時間軸なのです。

聖書における植物の園エデン創設から、約6000年、【主】は人間を裁く時を延ばしておられます。

それは、一人でも多く、【主】に立ち返ることを願っての忍耐なのです。

これそ、究極の忍耐と言えるでしょう。

【主】は、救い主であって、何でも裁きたいというスタンスではないのです。