永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

全体か一部か? コナン・ドイル

『人生は大きな鎖のようなものであるから、その本質を知ろうとするには、鎖の一部分さえ知ればいいのである。 コナン・ドイル「新色の研究」(新潮社)』

シャーロック・ホームズ』シリーズの著者として有名なコナン・ドイルのフレーズです。

物事の見方や見え方に関する示唆です。

推理小説などの場合、あちらこちらに、ひねりが入るので、その想像力も含めて、難易度の高い表現力が必要なのだろうと思います。

登場人物の誰かが明らかなウソをついているというケースもあります。

また、ウソをつかなくても、事実の一面だけを語るケースもあります。

話は少しそれますが、最近のドラマの再現シーンは、リアルな描写なのですが、事実とは異なる演技を挿入するので、ドラマのスジの理解に混乱を与えているのではないかと、画面に向かって、勝手にツッコミを入れています。

さて、話を戻すと、このフレーズのキモは、連続性のあるケースだと想像しています。

鎖をつくる機械の動画を見たことがあります。

それは、延々と同じくり返しです。人間ならば、バラツキもイラつきも出そうですが、そこは、淡々と作業が進むのが、機械のスゴいところです。

その工程を見る限り、一節か二節の鎖をみれば、どのような素材で、どれくらいの強度があるのかを知ることができます。

ただ、規則性のない繋がりのケースでは、その様には理解できない可能性を感じます。

色々なものを継ぎ合わせたものが人生だとすれば、様々なパターン分けを知る必要がありますし、その観察も必要になりますね。

何れにしても、人生が鎖であることは、その連続性からも受け入れやすいです。

モノゴトには、多面性があります。その理解に、大きな動物のゾウが引き合いに出されることがあります。

それは、鼻が長いとか、牙があるとか、耳が大きいとか、そのパーツだけで目を奪われる迫力があるので、断片的な表現になりやすいという教訓からのようです。

一部分の観察や理解も大切ですが、全体を観察することも必要なのだと考えています。

アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル[1][注釈 1](英語: Sir Arthur Ignatius Conan Doyle, KStJ, DL, [ˈɑːrθər ɪgˈneɪʃ(i)əs ˈkoʊnən / ˈkɑnən ˈdɔɪl][9] 発音例1 発音例2, 1859年5月22日 – 1930年7月7日)は、イギリスの作家、医師、政治活動家
推理小説歴史小説SF小説などを多数著した。とりわけ『シャーロック・ホームズ』シリーズの著者として知られる[10]。SF分野では『失われた世界』『毒ガス帯』などチャレンジャー教授が活躍する作品群を、また歴史小説でも『ホワイト・カンパニー(英語版)』やジェラール准将(英語版)シリーズなどを著している。
1902年にナイトに叙せられ、「サー」の称号を得た[注釈 2]

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