『7 【主】を恐れることは知識の初め。愚か者は知恵と訓戒を蔑む。 箴言1:7 新改訳2017』
近所のイカツイおじさんに悪ガキが見つかると、怒鳴られたり、時には拳骨をもらったりするのは、昭和の時代の懐かしい光景です。
「巨人の星」に描かれている父、星一徹と息子の星飛雄馬の関係性も、21世紀では、いくつの「○○ハラ認定」されたり、児童相談所に通報されたりする内容なのかも知れませんね。
何かに向けて限界に挑む、共有できる意志と、同意できる範囲で、プロジェクトは進んでいくので、指導方法に同意できているか否かがカギではあります。
引きこもり問題は、今後さらに、深刻になり、潜在化するように感じています。
人間は、萎縮することによって、身動きがとれなくなってしまいます。その理由は、いのちを守ろうとするからです。まるで、ヤドカリのように、隠れられる所を探しては、隠れようとするのです。
しかし、自由に動き回っているように見える人たちも、仮面をかぶっていたり、さまざまなヨロイを身につけています。丸腰で動き回っている人は、むしろ少数派ではないでしょうか?
ヨロイは、最近では「マスク」かも知れません。高級車というケースもありますし、ブランド物の衣服、バッグ、アクセサリーなどもありますね。人によっては、プロレスラーの「マスク」かも。
それらで、身を守るコトができれば、効果であっても、コスパは良いと考えることもできます。
しかし、本当に必要なのは、ヨロイよりも、自分自身の存在を支える「ぬくもり」や「ホッとできる環境」では無いでしょうか?
何をしても、ヨシヨシと頭を撫でてご機嫌を取ってもらえるのは、幼少期の僅かな期間だけです。
社会に触れるようになったら、さまざまな価値観に翻弄されます。家庭から外に出たときのカルチャーショックは、インパクトが大きいです。その中で、すべての人に良しとされることは、まず無いと考えた方が利口でしょう。
さらに、必要なのは、自分にとって苦言も呈してくれる相手の存在です。誰も、嫌われたくないですから、ほとんどのことは、スルーされるケースが多いと思います。しかし、本当に自分を思いやって、修正した方が良い考え方や行動を示唆してくれるような間柄は理想的です。その様な相手の前では、姿勢を正し「背筋も伸びる」ことでしょうね。
この箴言では、その本丸は、創造主である神【主】なのだと記しています。知恵と知識の源である【主】とどのように向き合うかは人生の方向性に大きな影響を与えます。
「愚か者は知恵と訓戒を蔑む」とあるのは、自分の利益だけを考えて、ヨロイに閉じこもっていると傲慢になり、苦言からの気づきに乏しくなることが考えられます。
これには、謙虚さも必要なのですね。
忠告や苦言を言って下さる方は、この人に言おうか?言うまいか?迷っています。
謙虚な態度が垣間見えれば、相手の温かい気持ちを受け取ることができるのです。
それは、得がたい生涯の資産になることでしょうね。