永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

人生に必要なのは勇気 島﨑藤村

『結婚するのに精神の勇気を要するならば別れるのにとっては猶更精神の勇気を有する 島﨑藤村』

「「千曲川のスケッチ」…1906年明治39年)3月 - 『破戒』」
((https://ja.wikipedia.org/wiki/島崎藤村 参照 2021年10月13日))

 

信州木曾の中山道馬籠で生まれ、「千曲川スケッチ」や「破戒」などで有名な島﨑藤村ですが、その人生は波瀾万丈だったようです。

このフレーズには、人生で直面した葛藤が滲み出ています。

結婚に限らず、人生の中での人間関係には絶えず変化が伴い、その度に、距離感を調整する必要があります。

抜き差しならない結婚生活は猶更で、どちらかの勇気だけでは収拾がつかないコトも多々あるのでは無いでしょうか?

島﨑藤村は、キリスト教の洗礼を受けながら、自らの過ちの清算キリスト教の棄教にした。

これは、多くの人が問題に直面し、そのバランスを取るためにする選択肢です。

聖書に記されているイスラエルダビデ王のケースは、取り返しのつかない失敗をした後でも、悔い改めて創造主である神に立ち返る選択をしています。

この差に、多くの人が違和感を抱かれる事でしょうね。

聖書の中心テーマは、人間が失敗した(罪を犯した)と自覚した時に、その失敗を認めて悔い改め創造主である神に向き直るならば、罪は赦されるのです。

それに対する誤解偏見が多くあるために、もったいない棄教という選択をしてしまうのですね。

人間は、失敗を乗り越えて天寿を全うしていくという使命が与えられているように考えています。

自分が恥ずかしくないカッコイイ生き方をしていると思いたいですが、実際には、生き恥をさらしています。

粋がって、ワザと粗暴にワルを装うのは、かえって格好悪く見えてしまうことがありますね。

勇気をどこに向けて発揮するのかも課題があるように感じます。

人生の決断には勇気が必要です。

結婚も離婚も、もちろんですが、生き恥をさらして逞しく生きていく勇気こそ、人生を生き抜いていくために必要不可欠なのだと考えています。