永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

モーセの舅イテロ 出エジプト18:5-7 ロマ12:15

『こうしてモーセのしゅうとイテロは、モーセの息子と妻と一緒に、荒野にいるモーセのところにやって来た。彼はそこの神の山に宿営していた。イテロはモーセに伝えた。「あなたのしゅうとである私イテロが、あなたの妻とその二人の息子と一緒に、あなたのところに来ています。」モーセはしゅうとを迎えに出て行き、身をかがめ、彼に口づけした。彼らは互いに安否を問い、天幕に入った。(出エジプト18:5-7新改訳2017)』

出エジプトのリーダーとして奮闘しているモーセの所に、しゅうとイテロが、モーセの妻と二人の息子を伴って来てくれました。

しゅうとイテロは、ミデアンの祭司という立場でしたから、政治的にも宗教的にも重要な役割を果たしていたのです。この時は、律法授与の前で、アロンもまだ大祭司には就いていませんでした。

でも、イテロは、「主はほむべきかな」というスタンスに立っていたようです。

イテロの信仰告白は、異邦人が信仰で救われる、ひな型でもあります。

かつて、イテロの娘たちがモーセに助けられたという話を聞いた時に、モーセを婿に迎えたという目利きでもあったのです。

イテロは、モーセという逸材を発見して、モーセを育てるために投資したとも言えるでしょう。

かつては、「イテロの婿モーセ」と言われていたのが、今や「モーセのしゅうとイテロ」と呼ばれるように変化したのです。モーセは、150万人のイスラエルの民のリーダーに成長していたのですから。

モーセの存在が、ミデアンに居たイテロの信仰にも繋がったのですね。

投資として考えるならば、人育てには、手間ひまとコストがかかり、時には、リターンが得られないことも多いですが、様々な喜怒哀楽や得がたい喜びも伴います。

これは、子育てにも似ている感覚かも知れませんね。

血の繋がった親子や養育家庭の場合は、濃厚接触です。いつも、一緒は大変ですね。

しかし、人材育成については、接点が限られているケースもあり、忍耐も必要になってきます。

常に、程よい距離感を探利続ける必要もありますからね。

明日のための備えのために、何に投資をしますか?

『喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。(ロマ12:15新改訳2017)』