永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

幸せと魔物はセットのようで 太宰治

『一寸の仕合わせには一尺の魔物が必ずくっついてまいります。人間三百六十五日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは仕合わせな人間です。 太宰治

ヴィヨンの妻(新潮社)からの一節です。

仕合わせ(幸せ)と魔物はセットなのだと、このフレーズでは述べています。

このバランスだと、10倍も魔物が大きい計算になりますね。

幸せでさえ心配のタネになるという、人間の心理を巧みに描写しているように感じられます。

実際には、何も無いという日は、無いのでしょうから、いつも魔物との戦いに明け暮れているのかも知れませんね。

「好事魔多し」などとも言いますが、何事も無いと言うより、何事かはあるというのが、生きている証拠なのでしょうか?

また、人の好意にも、それぞれの思惑が繋がっていると考えれば、絡んだり、こんがらがったりして、収拾がつかなくなることも考えられますね。

しかし、私は、魔物の10分の1の幸せであっても、それを、10倍以上に味わう幸せな人間でありたいなあと考えております。