永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

本当のゆとりって何だろう?

高級車と豪邸のセットで暮らすか、借家で車なしで暮らすのか、人生の選択は様々です。

人は、常に試されているのかも知れませんね。

より良い暮らしを手に入れやすくなっている時代ですが、それは、自分にとってチャンスなのかワナなのか見極めたいところです。

高級車と豪邸で、本当にゆとりがある暮らしなら良いでしょう。しかし、ローンに追われて、時間的にも、心のゆとりもすべて失ってしまう可能性もあります。

ゆとりを求めるのなら、借家で車を所有しない生き方が良い選択かも知れませんね。

例としては、両極端ですが、人生の中で、その時にあった身の丈で選択をして、多少のゆとりを持てるような暮らしが良いように感じます。

サムエル第一17章には、ペリシテ人ゴリアテという巨人に立ち向かう、当時、羊飼いをしていた少年ダビデについて記されてあります。

その時のサウル王もその他の屈強な兵士達も恐れて対抗できないような状況だったのですね。

羊飼いだったダビデは、クマやライオンと闘って、羊を守ったという実績がありました。そして、それを裏付けていたのは、創造主はその時と同じように守ってくださるという信仰による確信があったのです。

「神我を獅子の爪と熊の爪より救いいだしたまいたればこのペリシテ人の手よりも救いいだしたまわん…(サムエル第一17:37)」

それを聞いたサウル王は、自分の鎧甲をダビデに使わせようと試しましたが、結局、ダビデは羊飼いの装備(杖と石投げ器と小石5つ)で勝負に出かけたのでした。

そして、小石をゴリアテの眉間に命中させて勝利を得たのでした。