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永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

ブランドと薬物の関係

ブランドものが悪いわけでもありません。そして、薬物も医療用に的確に用いられている範囲では、悪いわけではありません。

それを求める人の中には、その受け止め方に色々な要素が潜んでいるのでしょうね。

一言で言うと、「魅力は度を超すと魔力になる」ということでしょうか?

そもそも、時計は、時間を知るという機能のほか、アクセサリーとして、自分を魅力的にしてくれるモノでもあります。

ただ、本来の自分と装飾との間に、大きな隔たりがあったりすると、どこか、アンバランスになったりしないでしょうか?

たとえば、「等身大の自分」に充足感があれば、時計なら機能を満たせば、特に高価でなくてもバランスがとれると思うのです。

でも、自己充足感がないと、シークレットブーツ(下駄?竹馬?)でも履きたくなってしまうのは人情かもしれないと思うのです。

自分の中に要因を見つけずに、外向きに何かを着けて装うことで、自分の価値を高めようとしてしまうのでしょう。

その対象が、ブランドモノ(時計宝飾品、バッグ、車)などではないでしょうか。

そして、真性のモノを求める人、偽物でもそれらしく見えればいいやと考える人などに分かれるのかもしれませんね。

それから先、それでも満たされない時に、違法薬物にはまってしまう。

そんな、ルートが想像できます。

自己充足できる何かを持って、保ちたいと考える次第です。