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永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

自分を愛するように隣人を愛するという事(ヨコの関係2)

滅私奉公というモノがあり、それが美徳とされてきた時代がある。そこまで、「私」をなくして遣えることは凄い事だとは思います。しかし、そこに存在する自分が無いのです。

「自分を愛し、律し、時には甘えを許し、決して甘やかさず、存在を肯定し、行為を調えていく。そのような自分があっても、あえて、相手(隣人)に譲る。」そのようなイメージが、「自分を愛するように隣人を愛する」ことだと現時点では理解しています。

「謙譲の美徳」ということばがあるそうですが、「人を先に立てて自分は出しゃばらないという美しい行為。」との意味だそうです。

自分を無くさないで、隣人を愛するということは、この内容も含まれていそうですね。自分の権利を譲るということでしょうか。

「負けるが勝ち」という言葉もあります。世の中勝ちたい人が多いと感じる事ありますよね。一方、勝ちにこだわらない人もいます。この両者の位置関係で、バランスがとれている事もあるのでは無いでしょうか?

特に、夫婦や家族など、全員勝者で終わるカッコイイ「Win-Win」の関係など探れない事もあります。その時、誰がどのように負けるかで、バランスが良くなり、雰囲気ががらりと改善することもあります。

ただ、あからさまに負けるとかえって雰囲気が悪くなりますのでご用心が必要です。あしからず・・。

# 愛
# 隣人愛